旅cafe

旅行会社の元社員が書く旅日記です…観光情報、現地の楽しみ方、穴場スポットなどを紹介します。

大東亜戦争の真実

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(ラダ・ビノード・パール)


マレーシアラジャー・ダド・ノンチック(元上院議員
日本軍は長い間、各国を植民地として支配していた西欧の勢力を追い払い
とても白人には勝てないと諦めていたアジアの民族に感動と自信を与えてくれました。

長い間眠っていた「自分たちの祖国を自分たちの国にしよう」という心を目覚めさせてくれたのです。


アメリカ ニミッツ元帥(アメリカ太平洋艦隊司令官)
この島を訪れるもろもろの国の旅人達よ。
故郷に帰ったら伝えてくれよ。
この島を守るために日本軍人は全員玉砕して果てた。
その壮絶極まる勇気と祖国を想う心根を!


イギリス スリム中将(イギリス第14軍司令官)
たたかれ、弱められ、疲れても
自身を脱出させる目的でなく

本来の攻撃の目的を以て
かかる猛烈な攻撃を行った日本の第三十三師団の如きは、
史上にその例を殆ど見ないであろう。


韓国 朴鉄柱(韓日文化研究所)
現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は決して日本から仕掛けたものではなかった。
平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで取り組んだ。
それまで日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。

日本の武士道は西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。
それは大東亜戦争だけでなく日露戦争もそうであった。
日露戦争大東亜戦争ーー。
この二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸国民の独立をもたらした。

この意義はいくら強調しても
強調しすぎる事はない。

大東亜戦争で日本は敗れたというが、負けたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。

彼らはこの戦争によって植民地を全て失ったではないか。
日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。

日本こそが勝ったのであり
日本の戦争こそ、”聖なる戦争” であった。

ある人は敗戦によって
日本の国土が破壊されたというが
こんなものはすぐに回復できたではないか。

二百数十万の戦死者は確かに帰ってこないが
しかし彼らは英霊として靖国神社護国神社に永遠に生きて
国民尊崇対象となるのである。

 

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マレーシア ガザリー・シャフェー(元外務大臣
日本はどんな悪い事をしたと言うか。
大東亜戦争マレー半島を南下した時の日本軍は凄かった。

わずか3ヶ月でシンガポールを陥落させ、我々にはとてもできないと思っていた
イギリスを屈服させたのだ。
私はまだ若かったが、あの時は神の軍隊がやってきたと思っていた。

日本は敗れたが英軍は再び取り返すことができず
マレーシアは独立したのだ。

なぜ日本が謝るのでしょうか?

あの大戦でマレーシア人と同じ小さな体の日本人が大きな体のイギリス人を
追い払ってくれたではないですか。
日本なくして東南アジアの独立はありませんでした。

この日本が払った尊い犠牲を否定することは、
バックミラーばかりを見ているようなものです。


サンティン・アムステルダム市長
本当に悪いのは
侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。

日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現した。
その結果、アジア諸民族は各々独立を達成した。

日本の功績は偉大であり、
血を流して闘ったあなた方こそ最高の功労者です。
自分をさげすむ事を止め、その誇りを取り戻すべきであります。


タナット・コーマン氏(タイ元副首相)
あの戦争によって世界のいたるところで植民地支配が打破されました。
そしてこれは日本が勇戦してくれたおかげです。

新しい独立国が多くの火の中から不死鳥のように姿を現しました。
誰に感謝を捧げるべきかは、あまりにも明白です。

アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。


インドイネシア モハメッド・ナチール(元首相)
大東亜戦争は私たちアジア人の戦争を
日本が代表して敢行したものです。

大東亜戦争というものは本来なら
私達インドネシア人が独立のために戦うべき戦争だったと思います。

もしあの時、私たちに軍事力があったなら、私たちが植民地主義者と戦ったでしょう。
大東亜戦争はそういう戦いだったのです。


インドネシア サンパス(元復員軍人省長官)
特にインドネシアが感謝することは戦争が終わってから日本軍約1000人が帰国せず、
インドネシア国軍と共にオランダと戦い、独立に貢献してくれたことです。

日本の戦死者は国軍墓地に祀り、功績を讃えて殊勲章を贈っているが、それだけですむものではない。


インドネシア ブン・モト(元情報相)
日本軍が米・英・蘭・仏を我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。
我々は白人の弱体と醜態ぶりをみてアジア人全部が自信を持ち独立は近いと知った。

そもそも大東亜戦争は我々の戦争であり。我々がやらねばならなかった。
そして実は我々の力でやりたかった。

 

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インド ネール(初代インド首相)
彼ら(日本)は謝罪を必要とすることなど我々にはしていない。
それ故、インドはサンフランシスコ講和条約には参加しない。
講和条約にも調印しない。


グラバイ・デサイ(インド弁護士会会長)
インドは程なく独立する。
その独立の契機を与えてくれたのは日本である。

インドの独立は日本のおかげで30年早まった。
この恩は忘れてはならない。

これはインドだけではない。
インドネシアベトナムをはじめ東亜民族は、みな同じである。

インド国民はこれを心に深く刻み、日本の復興には惜しみない協力をしよう。


ビルマ バー・モウ(元首相)
日本ほどアジアを白人から離脱させることに貢献した国はない。
しかしまた、日本ほど誤解を受けている国はない。


チャンドラ・ボース(デリーインド国民軍裁判主席弁護人)
日本軍の勝利はアジアのインド人に感銘を与え
自由獲得の戦いに参加する事を可能にした。

 

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プラモード(タイ元首相)
ククリット・プラモード(タイ国元首相)
日本のおかげでアジア諸国はすべて独立した。

日本というお母さんは、
難産して母体を損なったが
生まれた子どもは、すくすくと育っている。

今日、東南アジアの諸国民が、
米英と対等に話が出来るのは、
いったい誰のおかげであるか。

それは自身を殺して仁をなした
日本というお母さんがあったためである。

12月8日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが
一身を賭して重大な決意をされた日である。

更に8月15日は、我々のお母さんが
病の床に伏した日である。

我々はこの2つの日を忘れてはならない。


アメリカ ベン・ブルース・ブレークニー(東京裁判弁護士)
原子爆弾という、国際法で禁止されている残虐な武器を使用して多数の一般市民を殺した連合国側が捕虜虐待について、日本の責任を問う資格があるのか。


インド パール判事(極東国際軍事裁判判事・法学博士)
私の判決文を読めば、
欧米こそ憎むべきアジア侵略の
張本人であるということがわかるはずだ。

それなのに、あなた方は自分らの子弟に
「日本は犯罪を犯したのだ」
「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」
と教えている。

満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を
どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。

日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流されていくのを私は平然として見過ごすわけにはゆかない。

時が熱狂と偏見とを和らげた暁には
また理性が虚偽からその仮面をはぎ取った暁には

その時こそ正義の女神は、その秤を平衡に保ちながら
過去の賞罰の多くにそのところを変える事を
要求するであろう。

ラダ・ビノード・パール

 

「凛として愛」