旅cafe

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疾走する進化論

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チャールズ・ダーウィン Charles Darwin(1809年~1882年)
NHK 大発見史 「疾走する進化論」

進化論とは ”人間もサルも全ての生き物の先祖は皆同じ” というあれです・・この進化論は生物学だけでなく、世界中の人々に影響を与え人類を変えてしまったのです。

進化論は最先端の科学技術にまで影響を及ぼしています・・時速300キロで疾走する新幹線N700系、人間が考えただけではあの形には辿りつけませんでした・・壁を打ち破ったのが進化論です。

最近のバイオ科学では、進化のスピードを人が操り始めているというから驚きです・・自然界では何百万年かかる進化が試験管の中で僅か数ヶ月で行えるのです。

何だか凄い事になっている進化論、一番意外なのはこの進化論を信じない人が世界には大勢いるという事です・・150年前にダーウィンが提唱した進化論、想像以上に私たちの現代人の生き方に影響を与えているのです。

ダーウィンが生きた19世紀、イギリスでは国教会が人々の精神的支柱でした・・キリスト教を信仰する人にとってその教義は考え方た行いに大きな影響力を持っていました。

教えの源が聖書です・・第一章、創世記には6日間で神が全ての生き物一つ一つの種を作り出したと書かれています。

人が作られたのは6日目でした・・神は自分にかたどって人を創造した・・そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地をはうもの全てを支配させようといった。

イギリス人は、この聖書の記述から初めに神が一つ一つの形を作ってから今まで変わっていないと考えていました・・これを創造説といいますがこの絶対的常識に疑いの目を向けたのがダーウィンでした。

1831年、大学を出たてのダーウィンは、博物学者として調査船ビーグル号に乗り込み世界を一周します・・航海の目的は海岸線の測量でした・・その行く先々でダーウィンは動物の標本を集めました。

この180年前の航海でダーウィンが捕まえた180種類の動物の剥製が残っています・・・・その中でも最も重要なのが南米とガラパゴスで集めたマネシツグミです。

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様々な地域で捕まえたマネシツグミを見比べてダーウィンは衝撃をうけます・・大きさ、筋、模様などが違うのです。

「これらは同種の鳥が変化したと考えざるを得ない・・この事実は『種は不変である』ということに疑問を投げかける」(ダーウィンのノート 1835年)

マネシツグミを見たダーウィンは、「これらのツグミは違う鳥ではなく、元々同じ鳥が特徴を変えた結果ではないかと」考えました。

種は普遍ではなく変わりえるという考えを思いついたダーウィンは、生命の種の秘密を解き明かす研究に取り組みます・・そしてダーウィンは大胆な仮説を立てます・・それが進化論です。

その仮説を表現した『生命の木』と言われるダーウィン手描きの図です・・生物は元は一つの根元から発し枝分かれのように変化し、様々な種となっているという考えです。

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問題はなぜ生き物は変化し別れてゆくのかダーウィンは、そこに統一した法則をみつけようとしました・・この法則を見つけるためダーウィンは世界中の旅行者、科学者に連絡し生物の変化の資料を集めます・・その数、手紙だけで2万通。

研究の末、ダーウィンは生物が一つの種から多様に変化する法則を見つけます・・ダーウィン進化論の核となる『自然選択説』です。

「生物には変異があり、ある自然環境の中で有利な変異を持ったものが世代を重ねより多くの子孫を残してゆく」

しかし、ダーウィンは法則を見つけながらもはっぴょうを年近くもためらい続けたのです・・その頃、友人に宛てた手紙です。
「私の説を発表することは、殺人を告白するようなものです」(ダーウィンの手紙 1844年)
・・・進化論は聖書の説く、創造説を真っ向から否定するものだったからです。

しかしなぜダーウィンは発表も出来ないような研究をしたのでしょうか・・その理由は・・若き日のダーウィンがビーグル号で調査に訪れた南米各地での現実からです。

イギリス・オープン総合大学 科学史家 ジェイムズ・ムーア教授
ダーウィンはこの時、初めて奴隷制度の現実を目にしたのです」

奴隷制度は19世紀前半、イギリスではすでに廃止されていました・・しかし世界各地ではまだ続けられていたのです。

ムーア教授は、ダーウィン奴隷制度への怒りを日記で度々記していることに注目しました。

「同じ人間である黒人を奴隷にすることで白人は良心の呵責にさいなまれている・・だから黒人を白人とは別の動物だと思いたがっているのではないか」(ダーウィンのノート 1838年

イギリス・オープン総合大学 科学史家 ジェイムズ・ムーア教授
「奴隷所有者たちは、それぞれ人種は人間として平等ではないと主張していました・・黒人は家畜のように白人に仕えるために創造されたと考えました・・問題はなぜダーウィンが『祖先はひとつ』という着想を抱いたかです・・その背景には反奴隷制度があったのです」

「黒人や他の人種も兄弟であり、ひとつの家族であるという主張、それこそがダーウィンが進化論を構築する決定的な動機だったと考えます」

1859年、ついにダーウィンは、『種の起源』を出版、進化論を世に問います・・案の定、宗教界や学会から痛切な批判を浴びせられます。

雑誌には、サルから進化したダーウィンの挿絵が載せられ、悪の思想とこき下ろせれたのです。

しかし、ことは意外な方向に展開します・・発表後、しばらく経つと大ブームが巻き起こったのです

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ダーウィンの著書を人類にとって意義深い書と讃えたのが精神分析学者のジークムント・フロイト(1856‐1939)です・・人と動物のつながりを明らかにした進化論、そこからヒントを得たフロイトは、人の持つ性欲や破壊衝動などは獣から進化する過程で引き継いだ本能だと考えました。

それを出発点に人間の無意識の世界を扱う精神分析を編み出したのです。

ドイツの経済学者、カール・マルクス(1818‐1883)は、資本主義は進化し、やがて共産主義に至ると解きました。

SFの父、ハーバート・ジョージ・ウェルズ(1866‐1946)は、小説タイムマシンでは、80万年後の進化した人類を描きました。

科学、経済、文化、ダーウィンの進化論は生物学の枠を飛び越えあらゆるジャンルに影響を与えていきました。

進化論の普及に大きく貢献した人物として見落としてはいけないのがイギリスの社会学者、ハーバート・スペンサー(1820-1903)です・・ダーウィンと同時代を生きたスペンサーは、自然選択説をベースに社会も進化するとうい『社会進化論』を唱えました。

実はダーウィン自然選択説に進化、エボリューション(Evolution)と言う言葉を当てたのはスペンサーです・・スペンサーは万物の変化を進化とよんだのです。

ダーウィン種の起源の初版本で変化するという意味でモディフィケーション(modification)という言葉を使っていました・・進歩の意味を持ったエボリューション(Evolution)という単語をあてたことによって進化論はより多くの人の心をつかむようになりました。

そうした人々の筆頭が19世紀、産業革命の進むヨーロッパで勢力の増していた新興資本家たちでした・・資本家たちは貴族や協会など既得権益を持つ権力者たちとせめぎ合っていました。

市民革命を起こし旧勢力に対抗した資本家たちにとって ”変化した社会に適したものが生き残る” という社会進化論は強い味方になりました。

一方、進化論は強いものだけに向けられたのではありません・・時は帝国主義の時代、ダーウィンの進化論から発展したスペンサーの社会進化論は、ヨーロッパが未開の植民地を支配する格好の理屈になりました。

イギリス・オープン総合大学 科学史家 ジェイムズ・ムーア教授
「自然選択の考えは、様々な政治団体に乗っ取られ、彼らはダーウィンの名の下、自分たちの行いを正当化しました・・ダーウィンが20世紀に起きたことを知ったら悲しむでしょう」

進化論から派生したもので悲劇をもたらしたのが遺伝学者、フランシス・ゴールトン(1822-1911)が始めた優生学です・・優生学は人の遺伝的な要素のうち悪いものを無くし、良いものを残そうとする研究です。

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19世紀末、世界に広がった優生学は時に差別を生み出し、歴史に深い傷跡を残すことになります・・その典型がナチス・ドイツの人種政策です。

ゲルマン民族を中心とした優秀な国民を作ることを目指したナチスは、ユダヤ人を抹殺しようとしたのです・・奴隷制度に反対し、平等への思いを胸にダーウィンが提唱した進化論、予想を超えて社会に浸透してゆく中で人間社会へ不平等を生み出すことへも利用されていったのです。

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発見の木を一気に遡って現代、進化論は更なる進化を遂げるのです。
1972年・遺伝子工学
1975年・進化計算
1990年・ヒトゲノム計画
1990年・進化分子工学
そして、その先頭を走る国の一つが日本です。

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最先端の技術を詰め込み2007年に登場した新幹線・N700系、その先頭車両は進化論によって設計されたのです。

N700系の先頭車両の形をめぐって開発チームは頭を悩ませました・・最高時速300キロを実現し、尚且つ騒音を抑えるというのが課題でした・・開発チームは新幹線の鼻先を伸ばして空気抵抗を減らそうとします。

しかし、そこで壁にぶつかります・・

JR東海 技術開発部 成瀬功
「鼻先を伸ばすと騒音自体は小さくなったんですがお客様の座るスペースが削られるというデメリットが発生してしまい却下されました」

速度、騒音、客席スペースなどいくつもの条件を満たす先頭車両のデザインはないか・・開発チームが頼ったのが ”環境に適したものが生き残る” というダーウィンの進化論です。

開発チームが使ったのが ”進化計算” といわれるコンピュータプログラム・・それは生き物の進化をコンピュータ上で再現しようという試みです。

歴代の新幹線などの顔を用意し、数値データに変換、・・コンピュータの中に並べられた新幹線、これらを掛け合わせてゆきます・・四角い顔と丸い顔を掛け合わせて次の世代を生み出します。

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生まれた新幹線は、空気抵抗や騒音の低さなどが点数化され優秀なものが残ります・・優れた新幹線同士を掛け合わせると次第に性能が上がってゆきます・・そして何千回も突然変異などの要素も組み合わせてあのN700系のデザインは生み出されたのです。

最新鋭の新幹線は、まさに生き物の進化の仕組みをそっくり真似をして出来上がったのです。

JR東海 技術開発部 成瀬功
「今回の形は、進化計算を使うことによってラインの形が人が考える以上のものが出来ました」

進化計算は他にもいろんな分野で使われています。
・証券会社の投資診断
・エレベーターの運行制御
・ロボットの動作ブログラム
・看護師の勤務表の作成ソフト

悠久の時をかけて起きる生物の進化、人類はそれを加速する術さえ手にしています・・石油に変わるエネルギーとして期待されるバイオ燃料、これを生み出すために原料となる植物を効率よく分解する方法が求められています。

注目されているのが白色腐朽菌が作り出す酵素、植物を分解することが出来ます・・しかし実用化するには分解力が足りません。

ここで進化論・・まず菌から植物分解酵素を作るDNAを取り出します・・このDNAを特殊な薬剤で突然変異させます・・すると植物分解酵素は違う性能を持つようになります。

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多くの中から分解力の上がった酵素を抜き出し、更に突然変異を繰り返し進化させるのです・・自然界ではDNAの突然変異は1/10億の確率でしかおこりませんので途方もない時間が掛かりますが進化分子工学では、その時間を飛躍的に短縮させたのです。

豊田中央研究所 主任研究員 今村千絵
「自然界では、数百万年かかるとされているものが試験官の中で僅か数ヶ月で行えるのです」

人の手で操作し始めた進化の仕組み・・150年前のダーウィンの発見が人類の未来を変えようとしているのです。

 

■最後に・・アメリカでは国民の4割がダーウィンの進化論ではなく、神がそれぞれの種を作ったという創造説を信じています。

創造説を信じる割合
アメリカ 40%
イギリス 12%
ドイツ 12%
日本 10%
サウジアラビア 75%
インドネシア 57%

■進化論も想像説も受け入れられる日本人には理解しがたい事実もあるのです。