NHK コズミックフロント
モンスター ブラックホール 見えざる天体が宇宙を支配する
今から40年前、全ての銀河の中心には、とてつもなく巨大な天体が存在すると予言した科学者がいます。イギリスのグリニッジ天文台に努める研究者、ドナルド・リンデンベル博士です。
(ドナルド・リンデンベル博士)
何千億個もの星が散らばる銀河、その真ん中には星が密集し、明るく輝き膨らんでいる ”バルジ” と呼ばれている場所があります。その中心にあるのが想像を絶するほど巨大なブラックホールです。
太陽数十億個分にも匹敵するほどの超ド級のモンスターブラックホール…強い重力でガスを吸い込む黒い穴、この穴に入ったら最後、光さえ出られません。
現在では、そのブラックホールが銀河の誕生や更には宇宙の成り立ちにまで深く関わっていると考えられているのです。
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銀河系の中心に
ブラックホールを見つけよ
ドナルド・リンデンベル博士が予言したあらゆる銀河の中心にあるというモンスターブラックホール…私たちの銀河系にもモンスターブラックホールが存在する事を、アメリカ、ドイツの2チームが10年に渡り競い合い観測を続け、ついに銀河系の中心にモンスターブラックホールの存在を実証したのです。
質量:太陽の400万倍
大きさ:直径2400万キロ(通常50キロ)、太陽が17個並ぶ大きさ
そしてこのモンスターブラックホールの回りを、青い巨星SO2が秒速5000キロ、地球の公転の200倍の猛スピードで駆け抜けています。ブラックホールの強力な重力がつなぎ止めてこそ可能な速度です。
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発見!
モンスターブラックホール
ケンブリッジ大学 ドナルド・リンデンベル博士
『…以前は、私の考えは不自然で突飛だと思われてきました。散々批判されましたよ、15年ぐらいそんな状況が続きました。…しかし、徐々に色々なことが発見されるようになりました。
かつては塵に邪魔されて銀河の中心を見る事が出来ませんでした。しかし解像度が上がるにつれ、どんどん中心近くまで見通せるようになったのです。…』
ミリ波という電波の観測では、世界一の大きさを誇る、国立天文台・野辺山電波観測所(長野県)の45m電波望遠鏡です。
全ての銀河の中心にはモンスターブラックホールが潜んでいるというドナルド・リンデンベル博士の予言、その証拠を世界で最初に見つけたのは、日本の研究者でした。
1990年、中井直正教授は、銀河の中心のガスを調べていました。狙う銀河は北斗7星の横、200万光年彼方の渦巻き銀河・M106です。…この銀河の中心からは規則正しい電波が出ていると報告されていました。
野辺山電波観測所には45mというパラボラの大きさと共に、世界に誇る観測装置があります。電波の強さを細かく調べる事が出来る8台の電波分光計です。
銀河中心の電波を観測するには、分光計は1台あれば十分でした。しかし、中井博士は念のために2台を中心に残る6台を左右に並べました。
筑波大学 中井直正 教授
「1台で良かったんですが、せっかく8台あるので使わなきゃもったいないと、全部使って観測したのです」
この分光計を8台使った事が世紀の大発見につながります。もったいないと思って並べた分光計のグラフを見て中井教授は驚きました。…グラフの両端に奇妙な電波がとらえられていました。
中井教授が驚いたのは、左の波です。これまで見つかった事のない速度で何かが動いている事を示しています。…解像度の高い望遠鏡で更に詳しい観測が行われました。
その結果、銀河の中心に不思議なものが見つかりました。…回転する円盤です。ブラックホールがガスを飲み込むときに出来る円盤に良く似た形でした。
8台の分光計がとらえた電波は、円盤から飛んで来たものだったのです。円盤は、時速360万キロという猛スピードで回転していました。
詳しい分析の結果、中心の質量は、太陽の3900万倍あることがわかりました。…まさにモンスターブラックホールです。…こうして史上初めて発見されたモンスターブラックホールは、世界的な科学雑誌の表紙を飾りました。
筑波大学 中井直正 教授
「45mなければそういうブラックホールは見つかってませんでした。それから電波分光計が8台なければとても見つかりませんでした」(※あくまで謙虚な中井教授)
発見が公表された1995年、中井教授の元に1通の手紙が届きました。…手紙には、「26年間、待ちわびていました。発見おめでとうございます。」 手紙はイギリスのドナルド・リンデンベル博士からでした。
ケンブリッジ大学 ドナルド・リンデンベル博士
『…発見の知らせは、とても嬉しかったです。それまで銀河の中心に巨大ブラックホールがあるという確証はなかったので、この発見は最高に素晴らしいニュースでした。…』
太陽の3900万倍もの質量を持つモンスターブラックホールは、その強い重力で大量のガスを飲み込んでいました。その中心は、光すら抜け出す事の出来ないブラックホールです。その直径は太陽が160個も並ぶほど巨大です。
今ではほぼ全ての銀河の中心に、こうしたモンスターブラックホールが存在していると考えられています。
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最新の観測機器
ハッブル宇宙望遠鏡での観測
大気圏外から天体の姿が鮮明にとらえる事の出来るハッブル宇宙望遠鏡です。…ハッブルが狙ったのは、3700万光年彼方のNGC7052銀河の中心です。
ガスや星が円盤状になっている姿がとらえられました。中心にはモンスターブラックホールが潜んでいるはずです。
宇宙望遠鏡科学研究所 ローランド・バンダーマレル博士
『… この鮮明な画像を見た時、銀河の中心のブラックホールの大きさが計測できると興奮しました。ハッブルのデータを元に円盤が回転している速さを3ヶ所計測します。
ガスの回転スピードが分かれば中心の質量がわかります。その結果、中心には太陽の3億倍の質量を持つ天体があることが分かりました。…』
中心にはモンスターブラックホールが潜んでいました。
質量:太陽の3億倍
直径:太陽の1200倍
大きさ:銀河系のブラックホールの70倍以上
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ハッブル宇宙望遠鏡
更に巨大なウルトラ・モンスターブラックホールを…
5900万光年彼方のM87銀河、以前から謎の白い線がある事が知られていました。銀河の中心をハッブル宇宙望遠鏡で見ると白い線は巨大なジェットだと分かりました。
ブラックホールに飲まれるガスの一部が跳ね飛ばされ、ジェットとなって吹き飛ばされているのです。
ジェットの根元にあるモンスターブラックホールの質量は、太陽の64億倍もあることがわかりました。…その大きさは銀河系中心のブラックホールの1000万倍、太陽が2万5000個も並ぶほど巨大です。
そして2011年、史上最大のブラックホールが発見されました。3億2000万光年彼方のNGC4889銀河の中心には、なんと太陽の97億倍もの質量を持つ超ド級のモンスターブラックホールが潜んでいました。
(NGC4889銀河)
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宇宙の主役
モンスターブラックホール
最新の研究によるとモンスターブラックホールは、あらゆる物質を飲み込んで自ら巨大化するだけではありません。意外な事に回りの宇宙に大きな影響を及ぼしている事が分かりました。
モンスターブラックホールの棲み家は銀河の真ん中、最も星々が密集しているバルジという膨らみの中です。実はバルジの形や大きさは銀河ごとに異なるのです。
9つの銀河を調べたところブラックホールとバルジの質量は比例するのです。バルジとブラックホールの比率は、1対1000でした。
テキサス大学オースティン校 ジョン・コーメンディ教授
「星は密度の高いガスから生まれます。バルジはそうして誕生した星々の大集団です。残ったガスはブラックホールに飲み込まれ、ブラックホールも成長します。つまり、バルジとブラックホールは相互に関係しているのです」
巨大なバルジの銀河には、巨大なブラックホールがあり、小さなバルジの銀河には小さなブラックホールがある。この不思議な銀河の法則は、銀河とブラックホールが共に成長してきたと考えられます。
銀河系の超巨大ブラックホールの回りでは、生まれて間もない赤ちゃん星が数多く見つかっています。…この事からブラックホールに吸い寄せられたガスの中で新しい星々が次々と生まれていると考えられているのです。
TANAMIとうい遠くの銀河を観測するプロジェクトがあります。オーストラリアを中心にチリ、南アフリカ、南極と南半球12ヶ所に電波望遠鏡を展開しています。…TANAMIが狙うのは地球から1400万光年彼方の銀河ケンタウルスAです。
こちらがその画像、見えないブラックホールから激しく飛び出たジェットがくっきりととらえられています。ジェットは、”光の30%” もの猛スピードでした。
そしてこのジェットの分析から意外な事実がわかってきました。ブラックホールから飛び出したジェットは銀河を突きぬけていました。
そして更に遥か100万光年彼方まで広がっていたのです。ブラックホールはガスを吸い込むだけでなく、星の材料を銀河を超えて宇宙のかなたまで送り届けていたのです。
宇宙そのものが形作られる上で
モンスターブラックホールが
どんな役割を果たしてきたのか
この壮大な謎を解き明かせる日は
そう遠くないかもしれません。