NHK COSMIC FRONT コズミックフロント
広がれイカロス 夢の翼 世界初宇宙ヨット開発秘話
2010年6月13日、小惑星探査機「はやぶさ」 地球帰還、…小惑星から物質を持ちかえるという世界初の快挙を成し遂げました。
実はその翌日、宇宙開発の歴史に深く刻まれる、偉大な出来事が宇宙のかなたで成し遂げられていたのです。…漆黒の宇宙に浮かぶ四角い物体、日本が開発した最先端の探査機です。
宇宙ヨット 「イカロス」 小型ソーラー電力セイル実証機
一片14mの帆をいっぱいに広げ、太陽の光を推進力に飛行します。将来、惑星間の行き来にも利用できる夢の技術を日本が初めて実現したのです。…世界各国の研究者が実現できなかった宇宙ヨットの帆が広がった決定的瞬間でした。
挑んだのは、若き研究者たちでした…
・限られた時間と予算
・克服不可能と思われた技術の壁
…彼らの前に数々の難題が立ちはだかります。
・逆境を乗り越えたのは智恵と工夫
・繰り返される緊迫の手作業
・成功の糸口は日本伝統の技にありました
・数々の困難の果ての与えられた一度きりのチャンス
世界初、太陽の光を浴びて疾走する宇宙ヨットイカロス、その成功を支えた若き開発者たちの知られざる物語に迫ります。
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夢の宇宙ヨット
私たちの頭上に輝く太陽は、地球の生命をはぐくんでいます…その太陽に光に特別な力があります。
気づいたのは、400年前の天文学者、ユハネス・ケプラー(1571-1630)…彼が着目したのは、彗星でした。彗星の長い尾がいつも太陽と反対側に伸びている事に気づいたのです、
ケプラーは太陽の光には力があり、彗星から噴き出る物質を押し出すのだと考えました。20世紀になるとその力が実験によって確かめられます。
『太陽の力:0.0005g重/㎡』、…余りにも微弱な為、太陽を浴びても感じないだけなのです。
太陽光の力を実際に活用しようと考えた科学者がいます。
1924年、旧ソビエトの科学者、ツィオルスキーとツァンダーは、この力を宇宙船に利用するという奇想天外なアイデアを発表しました。
円形の物体で鏡のような反射する素材で作るというのです。…帆に風を受けて進むヨットのように太陽光で進む宇宙ヨットの原型です。
最大の特徴は加速の仕方、例えば…
・直径が80m
・重さ250キロ
…最初は、秒速0.2ミリですが24時間後、時速60キロまで加速、更に加速すると限りなく光の速度まで近づくのです。
まさに驚異の推進力、…1964年、宇宙ヨットはSF小説に登場します。
アーサー・C・クラーク著『太陽からの風』…アーサー・C・クラーク??…そうです2001年宇宙の旅の作者が書いた壮大な宇宙冒険の物語です。
夢の宇宙ヨット…しかしその実現は不可能と思われていました…宇宙で広げる帆が作れなかったのです。
・太陽の光の力0.0005g重/㎡の微弱な力
・限りなく軽く巨大な帆でなければならなかった
・放射線、更に温度差200°以上に耐えられる素材
…つまり、宇宙ヨットはどの国も開発する事ができづ、あくまでもSF世界の乗り物でしかなかったのです。
ところが… 2010年5月21日、日本が宇宙ヨットイカロスを打ち上げたのです。
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翼を求めて…若手技術者の挑戦
宇宙ヨットの研究開発は2001年に始まります。当初は一辺は50mという巨大な宇宙ヨットで木星や小惑星群を探査しようという壮大な構想でした。
・どうやって巨大な帆をロケットに積み込むか
・どうやって宇宙空間で帆を広げるか
…その他にもいくつもの課題がありました。
開発が始まって思わぬ事態が起こります。2003年11月、H2Aロケットの打ち上げ失敗、…その直後、火星探査機 「のぞみ」 がトラブルにより運用停止、膨大な時間とお金がかかる宇宙開発に疑問が投げかけられるようになったのです。
JAXA 森治
「泣けてくる時代でしたね。失敗続きで ”日本の宇宙技術はこんな低レベルなところで失敗してるんだ” って言われて悔しい思いをしましたね」
技術的にハードルの高い宇宙ヨットは、正式プロジェクトとしては認められませんでした。限られた予算で森さんたちは、地道な基礎研究を続けます。」
1.どうやって帆をたたむか
JAXA 津田雄一
「… 無重力で空気が無い宇宙空間で…一番の研究課題です。…解決のカギが意外なものにありました。 ”折り紙” です。
20種類、100個以上作りました…せっかく宇宙工学の仕事についたのに来る日も来る日も折り紙を折って ”自分は何をやっているんだろう” って思ったこともありました。
2.宇宙空間で帆を広げる仕組み
チームが採用したのが ”スピン型” 帆の端数ヶ所に重りを付け、遠心力で展開させる方式、コントロールが難しいが軽量化できる事により、スピードが出やすいメリットがあります。
遠心力だけで帆が広がる方法を模索します。その為には広くて無重力に近い環境が必要です。…選んだのはフィギアスケートの浅田真央選手が練習していた横浜のスケート場、抵抗が少ない氷の上で広げる実験をしようというのです。
利用者のいない深夜、一辺10mの帆を付けた実験機を持ちこみます。初めのうちはバランスを崩して帆が絡まってしまいます。
スケート場での実験は、1年にも及び回数は数十回を超えました。こうして巨大な帆を確実に広げる仕組みが確立していったのです。…さらには、観測用の気球を使って空気の薄い場所で帆を広げる実験も行いました。
しかしいくら研究を進めても実際に打ち上げる機会は一向に訪れません。メンバーたちは先の見えない研究に黙々と取り組んでいました。
チーム結成から5年、思ってもみなかったチャンスが飛び込んできます。…キッカケは金星探査機『あかつき』、2006年、あかつきを打上げるロケットがM-ⅴからH2Aに変更されます。
H2Aの大きさはM-ⅴの倍近く、打ち上げの振動であかつきが壊れてしまう恐れが生じました…その振動を抑えるために、あかつきの下に800キロの重りが必要となったのです。
JAXA 森治 チームリーダー
「そうはいっても本当に重りを乗っけるのはもったいないので、そこにイカロスの提案をしたんです。」
苦節6年、悲願の宇宙ヨットプロジェクトが正式に発足しました。…プロジェクト名は『小型ソーラー電力セイル実証機 IKAROS(イカロス)』…宇宙空間で帆を広げ、太陽の光で加速する事です。
そして宇宙ヨットを操縦しながら金星を目指します。…イカロスの帆には、薄い太陽電池が取り付けられ、発電も行います。
写真
若き研究綾たちは期待に胸を膨らませていました。
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イカロスの羽
打上げは決まりましたが新たな難題と戦っていました… ”探査機の重り” という宿命から、与えられた予算は、通常の探査機計画の10分の1、打ち上げまでの期間も通常の半分以下。
主役の 『あかつき』 は金星探査の最適なタイミングで打上げます。それが2年半後に迫っていたのです。
JAXA 森治 チームリーダー
「遅れは絶対に許されません。あくまで我々は、 ”おまけ” ですから」
・少ない予算
・限られた時間
イカロス本体の製作には、徹底した合理化が求められました。
JAXA 森治 チームリーダー
「他のプロジェクトで余っている部品をもらってきました…”はやぶさ” からもらった部品もありますよ」
他のプロジェクトのおこぼれを流用する事で開発にかかる予算と手間を抑えたのです。…そして開発の重点を帆の製作に当てます。
ごく薄のポリイミドにアルミを噴きつけたシート、これを8枚張り合わせて巨大な帆を作ります。…設計図通り、寸分のずれもなく張り合わせるのは至難の業です。
そこで白羽の矢がたったのが福島県田村市の会社です…作業に当たるのは地元出身の女性たち、…ここでは1ミリ以下という薄い生地を使って観測気球などを作っています。
彼女たちは、薄い幕を正確に張り合わせる事の出来るエキスパートです。…製作の中心になっているのは、佐久間友美さん…初めての宇宙開発に強いプレッシャーを感じたといいます。
緊張の連続、細心の注意を払いながらの作業です…そしてなんとか期限に間に合わせての納品となりました。…イカロスの開発は、福島の女性の技と情熱に支えられていたのです。
佐久間友美さん
「自分たちが宇宙に行く、…光栄ですが正直不安の方が大きかったですね。自分たちの失敗で迷惑をかけたらと思うと不安でいっぱいでした…宇宙に行って頑張ってくれと祈るような思いで納品しました。」
9ヶ月かけてイカロスの帆は完成、続いて帆を本体に収納するための折りたたみ作業です。幅14mの巨大な帆、イカロスの研究を支えてきたのはJAXAで研究をしていた大学院生たちでした。
三舛裕也さん(当時大学院生)
「一発勝負です…一つでもミスがあれば帆を広げられません、10回以上、何度も巻つけ直しました…やるしかない!という思いはどの学生さんも思っていました。」
2010年4月、イカロスの準備は完了、…間に合いました。多くの人々の思いが織りこまれた銀色の帆、夢の宇宙ヨット実現に挑みます。
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広がれ 夢の翼
2010年5月21日、金星探査機『あかつき』とその重り、イカロスを乗せたH2Aロケット17号機が打ち上げられます。
その43分後、イカロスは地球から1万キロ離れた宇宙にロケットから放たれたのです。やがて管制室にイカロスの電波が届き始めます。
5月26日、打ち上げから5日後、いよいよイカロスがその帆(セイル)を展開します。
1.4つの重りが本体から離れ、遠心力で帆を引っ張ります
2.その後、帆は1週間かけて広がって行きます
3.カメラが4台設置されており、帆が広がる画像を管制室に送ります
重りが本体から離れ、帆を引っ張っている様子が確認されます。…そしてついに決定的な画像が送られてきました。
宇宙空間で大きく広がった14m四方の大きな帆、世界初の宇宙ヨットイカロスの誕生です。イカロスの画像は世界中の研究者に衝撃を与えました。
米国惑星協会 プロジェクトリーダー ブルース・ベッツ
「イカロスの写真には驚かされました…非常に優れた折りたたみの技術がないと実現できません。」
見事、帆を広げたイカロスは、金星を目指します…イカロスから送られたデータを見るとグングン速度が上がっています。理論通り、太陽の光だけで進める事が実証されたのです。
打ち上げから7カ月、宇宙ヨットイカロスは金星に接近します。
広がる帆の先に映っているのが金星、イカロスはプロジェクトの目標を達成したのです。…その後もイカロスは宇宙の大海原を進み続けています。
太陽の光がある限り、旅は果てしなく続くのです。
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宇宙大航海時代へ
2010年11月、イカロスに送れる事、半年、NASAも宇宙ヨットを打上げました。ナノセイルDは、上空650キロで帆の展開に成功、宇宙ヨットを成功したのです。
現在アメリカでは宇宙ヨット開発の波が押し寄せています。…宇宙ヨットの可能性に注目した民間業者も開発に参入、NASAと共同でイカロスを超える大きさ(1辺35m)の宇宙ヨットを作っています。
宇宙ヨット開発会社 ネイサン・バーンズ代表
「イカロスの成功が宇宙ヨット開発の大きな足掛かりとなりました。イカロスは私たちにとって宇宙ヨット開発の基準なのです」
そして森さんたちイカロスプロジェクトメンバーは、次なる宇宙ヨットの計画を進めています。
イカロスの4倍、1辺55mの巨大な帆、太陽光の押す力に加え、帆の表面に貼った太陽電池でイオンエンジンを動かし、木星の軌道上にあるトロヤ群小惑星帯を目指します。
そこはまだ人類が探査機を送った事のない太陽系のフロンティア、開発チームは長年の夢だった宇宙ヨットでの惑星探査に挑もうとしているのです。
イカロスを生み出した若き開発者たち、彼らにとってその挑戦は、未来への大きな一歩になったのです。