オーケストラの音合わせで、「なぜオーボエの音が使われのですか?」 とよく聞かれます。・・「オーボエの音程が一番安定しているから」・・違います。
オーボエは音程が非常に不安定な楽器で中でもあのAの音(ハ長調のラ)はちっとも安定した音ではありません。・・「では、オーボエが一番音程の調節が難しいので他の楽器が合わせてくれるの?」 いいえオ
ーケストラの奏者の皆さんはそこまで優しくありません。
正解は・・「オーボエの音が、ホルンとは対照的に輪郭がはっきりしていて抜群に音程を聞き取りやすいから」 です。
オーボエがオーケストラ全員のお手本の音を示しているわけです・・お手本であるからには正しい442HzぴったりのAを出すために音叉あるいはチューナーの助けを借りて最大限努力します。
Aの音を出してしまってから低すぎたのに気付きグイーンとずり上げると大顰蹙を買いますので最初から正しく442ヘルツで始められるよう細心の注意を払います。
80人から100人の奏者がステージに座って客席ともに無音になったところで音を伸ばすだけのプレーンなソロを演奏しなくてはならないわけですから恐ろしい事でもあります。・・耳の良い弦楽器の人が休憩中、「さっきの音、本当に442Hzだった?」 とチェックを入れに来たり、ベルリンでは、「この地は文化度が高いんだから音程も高くなくてはいけない。442ヘルツを出しなさい」 と言われた事もあります。・・何のこっちゃ!!
予定外に楽章間でチューニングをし直すことがあり、いきなりコンマス(コンサートマスター)が立ち上がってAを要求してくると準備が出来ていないので泡を食ってしまい正しいAを出すのが難しいこともあります。・・そのへんわかっていただけるコンマスは、立ち上がる数秒前に目で合図してくれるのですが・・・。
オーケストラに入りたての新人にとってはなおさら試練・・結果、「皆さん、こんな音程で恐縮ですがお許し頂けますでしょうか?」 というふうに恐る恐る出す事になりますが、そうなればなるほど細い音になってしまい音程も聞き取りにくくなってしまいます。
私も最初びびりまくったくちですが、ご年配のコンサートマスターに 「健康的な美しい音が一番音程を聞き取りやすいんだよ」 と言われて一皮むけた気がします。
オーケストラの中には、こんな優しい人も沢山います。
渡辺克也 昭和41(1966)年生まれ 東京芸大卒 91年ドイツに渡りベルリン・ドイツ・オペラ歌劇場管弦楽団の首席奏者などを歴任。世界水準の美音と超絶技巧で、現在はソロイスツ・ヨーロピアンズ・ルクセンブルクの首席奏者として活躍中。