NHK クローズアップ現代
33年目の向田邦子 なぜ惹かれるのか
作家・脚本家 向田邦子
先週、東京で開かれた向田邦子の企画展、死後30年以上が経った今も高い人気を集めています。…高度経済成長の時代、テレビの脚本や小説で時代の先端を駆け抜けた向田。
3世代が同居した家族の日常、コマディータッチで描いた代表作、『寺内貫太郎一家』(昭和49年)平均視聴率30%を超えました。7月には小説が再び発売され、大きな反響を呼んでします。
先行きが見えにくい時代、向田の作品は、人々の心をとらえています。
読者:「懐かしさの中に新鮮さがある」
読者:「心の中に…フッと入ってくる」
人々を魅了し続ける向田邦子の世界、色あせぬ魅力に迫ります。
一般に三十三回忌の法要を行う時には、故人を知る人は殆どいなくなっていると言われています。…しかし、今年33回忌を迎えた、作家・脚本家の向田邦子はその記憶は薄らぐ事は無く、逆に新しい読者が今も生まれています。
向田さんは雑誌編集者を経て脚本の世界に入りました。『時間ですよ』、『寺内貫太郎一家』、『阿修羅のごとく』など家族を描いた傑作を次々とヒットさせホームドラマの地位を確かなものにします。
その後、エッセイや小説でも多くのフアンを獲得し、50歳で直木賞を受賞、その世界観は時代の最先端で脚光を浴びてきました。
向田邦子が残した作品は、3500本に上ります。亡くなってから30年以上たってもエッセイや小説で絶版になったものはありません。…代表作は毎年増刷を重ねています。
更に東日本大震災を経た今、家族の日常を綴った作品が改めて注目され、関連本も続々と出版されています。
30年以上前に他界した向田邦子に現代の読者は何を感じているのでしょうか。
昭和56(1981)年8月、向田邦子(享年51)…向田は旅行中の台湾で飛行機事故に遭遇、51歳で突然この世を去りました。
28歳の時初めてテレビの台本を手掛けた向田、以来、脚本、エッセイ、小説など常に時代の第一線に立ち続けたのです。
一斉を風靡したドラマ・寺内貫太郎一家、家族というテーマにこだわり続けた向田の代表作の一つです。ドラマの中で長女は、父親の不注意が原因で脚に一生の怪我を負っています。…たとえコメディータッチの作品においても一筋縄ではない家族の関係を描くのが向田の特徴でした。
生前3500本もの作品を残した向田、貫かれているのは家族、そして人間への深い眼差しでした。
ウェイトレスや看護婦さんや
ユニフォームを着て
働く人を見るたびに
この下には、一人一人
どんなドラマを
抱えているのかも知れないのだ
十把ひとからげに
見てはいけない、と自分に言い聞かせている
(エッセー『ねずみ花火』より)
忘れられないのは、
鉛筆を削る音である
夜更けにご不浄に起きて
廊下に出ると
耳慣れた音がする
茶の間を覗くと
母が食卓の上に
私と弟の筆箱を並べて
鉛筆を削っているのである
私たちはみな
母のけずった
鉛筆が好きだった
けずり口が滑らかで
書き良かった
母は子供が小学校を出るまで
一日も欠かさず
けずっていてくれた
(エッセー『子供たちの夜』より)
震災から2年半、叔母と二人仮設住宅で暮らしている菅野さん…向田のエッセイを読むと不自由な暮らしの中も豊かな日常があると思えるようになったといいます。
菅野さん
「普通の生活というのが一番大事なんだという感じられました。家族そろってご飯を食べて、たあいない話をするのが一番なんだなと…これを読んでいてなんとなく心が穏やかになりました」
若い世代を中心に向田自身の生き方に共感する人たちもいます。女性の多くが結婚して家庭に入るのが当たり前だった時代、向田は仕事や趣味、自分の信じた事をやりとおしました。
大学院生 山口みなみさん(28)、山口さんが最も好きだというエッセイ『手袋をさがす』手袋を人生になぞらえ迷いながら生きていた20代の頃の心境をつづった作品です。
私はひと冬を手袋なしで
すごしたことがあります
気に入らないものを
はめるくらいなら
はめないほうが気持ちがいい
と考えていたようです
私は何をしたいのか
私は何に向いているのか
ただ漠然と
今のままではいやだ
何かしっくりこない
と身に過ぎる見果てぬ夢と
爪先立ちしても
なお手の届かない現実に
腹を立てていたのです
(エッセー『手袋をさがす』より)
このまま研究に打ち込み続けるのが正しいのか…不安を感じる事もあるという山口さん…向田が46歳の時に書いたこのエッセイにいつも勇気づけられるといいます。
大学院生 山口みなみさん(28)
「一見割り切っていると見えるんですけど、その奥に苦労があったんじゃないかなと、もがいているところが分かるので好きですね…どんな道を選んでも、10年、20年後、自分が胸を張って生きていられればいいというメッセージが伝わってきます」
向田作品の全く別の側面に惹かれる人もいます。映画監督、是枝裕和さんです…ホームドラマの中に人間の弱さや醜さを描いた向田作品を、見返すとうになっているとの事です。
後に映画化もされたドラマ『阿修羅のごとく』…父の不倫をキッカケに4人姉妹のそれぞれが抱えるドロドロとした人間関係が明らかになって行きます。
何気ない人間の裏に潜む、エゴや愛憎を赤裸々に描写しました…映画監督、是枝裕和さんは向田が描いた決してきれいごとではすまない関係こそが家族の本質だと考えています。
映画監督 是枝裕和
「向田さんの作品には、そこまで単純な『家族至上主義』みたいなものとは違う…家族同士でも謎は抱えているし、闇は抱えている…決して家族だから理解しあえるというような信仰に基づかないリアルな家族描写があると思います」
「ひとつではないという価値観が本当はすごく大事だと思っていて、実は価値観を異にしながらもつながっていくことが必要…そういう意味で言えば、彼女が描いた家族が実は一番面倒くさくて、やっかいで隠しごとが言えない相手であり、でも一緒に暮らしているという描写の方が逆にほっとする…そういうところに惹かれます」
作家としての円熟期、突然人々の前から姿を消した向田邦子、それから30年あまり、向田が紡ぎだした世界は、より豊かな色彩で日本人の心を彩り続けています。