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F1マシン、その変遷とドラマ…№4(時と戦ったエンジン)

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F1マシン、その変遷とドラマ…№4
Ferrari 312T 時と戦ったエンジン

 F1グランプリの栄光を目指して苦心や工夫を積み重ねながら前進する人々を、時の流れがいともたやすく追い越してしまう事がある。

たとえばフェラーリだ!
1967年デビュー以後、F1グランプリに君臨し続けたフォード・コスワースDFVエンジンを打ち破るため、フェラーリは水平対向12気筒エンジンを開発、1970年に実戦へ投入した。…この時、フェラーリのエンジニア、マウロ・フォルギエーリの狙いは、二つあった。

シリンダー数を多くすることによって高回転、高出力を実現する。…またシリンダーを水平に寝かせる事によって重量物であるエンジンの重心を下げる。
エンジンが車体の下部に収まれば、リヤウィングを含めたマシン後部の空力デザインを有利に進める事もできた。
もちろん水平対向12気筒エンジンには、単純軽量なDFVに比較して複雑で重いものに仕上がるという弊害もあったが、フォルギエーリは差し引きした結果、自分のエンジンの方が優秀だと判断したのであった。

DFVに遅れる事、2年半で実践に登場した水平対向12気筒エンジンは、まさにフォルギエーリの狙い通りの性能を発揮してDFVに迫った。…が、信頼性の面でDFVに及ばず、ようやくDFVを打ち破ってチャンピオンを生み出したのは、デビュー5年目、1975年の事であった。

こうしてフェラーリの水平対向12気筒エンジンは、DFVに追いつき追い越した。
1970年代後半は、フェラーリの時代になるかに思われたものだった。…ところがここでフェラーリにとっては思わぬ事態が発生してしまった。
ロータスコーリン・チャップマンがベンチュリ―効果を発見したのである。

車体下部に気流を通すことによって負圧を生み出しマシンを路面に吸い付けることで、チャップマンの制作したマシンは従来考えられなかった速度でコーナーを走行する事が可能になった。グランプリカーは、このアイディアによって飛躍的な進化を遂げた。

DFVに対してフェラーリがようやく稼いだマージンは、一挙に吹き飛んでしまった。
しかも皮肉なことにベンチュリ―効果は、車体下面に気流を流すことで発生した。
フェラーリのマシンの車体下部には、ベンチュリ―効果を拒絶するかのように水平対向12気筒エンジンのシリンダーヘッドが存在していたのだ。

突然F1グランプリに革命をもたらしたベンチュリ―効果は、重心を下げ、車体上面の空力特性を向上させようとして水平対向エンジンを制作したフェラーリにとってまったく不利なアイデアだった。

DFVを搭載していたライバルたちがこのアイデアを導入する事で生き返ったように戦闘力を向上させる一方で、再びフェラーリは苦戦に陥った。
しかし、ようやく純粋なエンジン性能ではDFVを圧倒したフェラーリ水平対向エンジンとベンチュリ―効果を共存させようと、空力処理に力を注ぎ、1979年には再び王座を奪還する事に成功する。…ところが今度はもう一つの大きな変革が訪れようとしていた。…ターボ過給の波である。

ターボチャージャーという魔法の装置を取り付けられた僅か1500㏄エンジンは、なんと1000馬力に近い出力を発揮し始めたのだ。

苦心の末、ベンチュリ―効果を取り込んだフェラーリにも、さすがに自然吸気水平対向12気筒でターボ過給エンジンに対抗する事は出来なかった。

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確かにこのエンジンは37回に及ぶ優勝を記録してフェラーリのグランプリエンジンとしては成功作となったと言える。…しかし、本来の威力を思えば、これより遥かに輝かしい栄光を手に入れてもおかしくはなかった。

時代の流れがフェラーリの思う方向に向かわなかった為に水平対向12気筒エンジンは、それにふさわしい結果を歴史に刻むことなく、戦場から去らなければならなかった。その意味では、状況に翻弄された悲運のエンジンだと言うこともできるだろう。

水平対向12気筒エンジンは、1975年フェラーリ312Tに搭載されて初めてDFVを打ち破った。

王座に就いたのは、ニキ・ラウダ…圧倒的な強さであった。
フェラーリの強さは、翌1976年も変わりがなかったが、ニュルブルクリンクでラウダが大事故を起こしたのをきっかけにチームとラウダとの関係が冷え、1977年に再び王座を獲得しながらも、ラウダがチームを離脱する事態へと発展してしまった。

水平対向エンジンがラウダとともに成長してきた事をおもうと、このラウダ移籍にも大きな意味があった。…勝ち続ける準備が整った時、勝つべきドライバーがマシンを降りてしまったのである。

ラウダとフェラーリ312T…全てが噛み合って希望が実現した美しい時期は、ごく短期間しか存在しえなかったのである。

 

筆者:大串信
この記事は、1990年3月号 Number239からの記事です…

 

 

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