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F1マシン、その変遷とドラマ…№7(車両規制との泥仕合)

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F1マシン、その変遷とドラマ…№7
Brabham BT46/2 車両規制との泥仕合

近代レーシングカーの歴史は、空気との闘いの歴史でもある。…空気は、まず走行抵抗としてグランプリカーの前に立ちはだかった。
速く走るためには空気を切り裂く必要があった。…その結果考案されたのが流線型である。

 

抵抗を克服した次の段階として、空気を利用する事が考えられた。…エンジンの出力を効率よく路面に伝え、かつ操縦安定性を向上させるために、空気で車体を路面に押し付けようというアイデアだ。

1960年代終盤、まず、このアイディアは翼を裏返して車体に取り付けるという方法で実現された。…元々翼は自動車とは無縁の部品であった。…したがって、このアイディアが発展すればするほど、グランプリカーは自動車の概念を破った別の乗り物になって行った。

 

ここで規制が登場する
まず、走行中に動作する空力的な部品が禁止された。…状況によって角度を変化させる翼が登場したためだ。
次に大きさと高さに規制が加わった。…あまりに高く巨大になった翼の強度が問題になったためだ。

現代のレーシングカーの基本的な形状は、翼に関する限り1970年代前半に決められた規則によって決定されている。

しかし、デザイナーたちは、この規制をくぐるために様々な抜け道を探した。…規制が想定もしなかった位置に翼が取り付けられたり、規制書の言い回しの裏をかいた形状の翼が考案されたりして、それを抑制するために、その都度規則が書き加えられてきた。

それはまるで速さを追求するデザイナーたちと、自動車のあるべき姿を守ろうとする管理者の、いたちごっこであった。

 

空力の革命 ベンチュリ―効果
1977年にロータスのチャップマンが導入したベンチュリ―効果は、車体の下面状況によって空気を活用するという点で、まさに画期的なアイデアだった。
この規制のため、規則書には従来考えられもしなかった一文が書き加えられることになった。
「車体の下面は平たんでなければならない」
1960年代に空気の利用を思いついたデザイナーたちは、この文が何を意図したものなのか理解する事も出来なかっただろう。

 

規則書解釈の更なる曲解と抜け道
1978年、奇才と呼ばれたデザイナー、ゴードン・マレーがベンチュリ―効果に匹敵するアイデアをサーキットに持ち込んだ。…第8戦スウェーデンGPに彼が運び込んだブラバムBT46の車体後部には、エンジンの動力で回転するファンが取り付けられていた。

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かれが利用しようとしたのは、ボディ内部の空気を吸いだして結果的にボディを路面に押し付けるという、逆ホバークラフトの原理であった。

実は、まったく同じアイデアが1970年に2座席スポーツカーに採用されたことがある。この時には、回転するファンが「走行中に作動する空力部品」に類するものにあたるとして車両規則違反の裁定を受けている。

しかし、マレーは自分がブラバムの後部に取り付けたファンは「空力部品」ではなく、ラジエーター冷却用の部品なのだと主張した。…確かにファンの直前には申し訳程度のようにラジエーターが移植されていたのだ。

冷却用のファンが認められないのならば、「ポルシェがスポーツカーレースにエントリーしていたマシンも全て失格になるはずだ!」…とマレーは言ったと伝えられている。

確かに当時のポルシェは、強制空冷式のエンジンを採用しており、エンジン上部で巨大なファンが回転していた。

マレーがこのような荒業に出たのには理由がある。
当時のブラバムは、アルファロメオ製の水平対向12気筒エンジンを搭載していたが、フェラーリ312Tの項でも述べたように、このレイアウトではベンチュリ―効果の恩恵を受けるには無理があったのだ。

このマシンはニキ・ラウダの手によって悠々とこのレースの勝者となったが、当然のように抗議の的となり、結局この一戦以降は車両規制に合致しないマシンとして扱われることになった。

その時の裁定の理由がふるっている「ポルシェの冷却ファンは空気を車体外部から内部に取り入れるためのものだが、ブラバムのファンは空気を車体内部から外部へ吸い出すものであるから、空力的な部品とみなす」…という内容だったのだ。

グランプリを戦うマシンに乗った選手ばかりではない。デザイナーも車両規制と激しく戦いながら、レーシングカーの歴史を形作っているのである。

 

筆者:大串信
この記事は、1990年3月号 Number239からの記事です…

 

 

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