旅cafe

旅行会社の元社員が書く旅日記です…観光情報、現地の楽しみ方、穴場スポットなどを紹介します。…当ブログ記事は転載OK…リンクを貼っていただけるなら遠慮なくお好きにお使いください。

秩父三社と日本武尊(ヤマトタケルノミコト)

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秩父三社と日本武尊ヤマトタケルノミコト

秩父三社に行く前に、神社にゆかりの深い日本武尊の知識を事前に入れておかなければいけません。ヤマトタケルは、第12代天皇景行天皇(けいこうてんのう)の皇子として生まれました。

軍神ヤマトタケルは幼少の頃より超人的な力を持っていたようです。ある時、父である景行天皇が「お前の兄が反抗的なのでお前から諭してみよ」と軽く命じられると兄の大碓皇子(おおうすのみこ)の手足を持ち前の怪力でもぎ取り、掴み潰してむしろに包んで捨ててしまいます。これを知った景行天皇は人知を超えた息子の力とその残忍性に恐れをなし、自分から遠ざける為に戦場へと送り込む事を決めました。

こうして西国へと出生する事になったヤマトタケルは九州でクマソタケル兄弟を打ち破り、出雲においてはイズモタケルを討つなど次々と戦功をあげてゆきます。 西国での大活躍を手土産に意気揚々と都へと戻ったヤマトタケルでしたが休む暇もなく、今度は東国への出生を命じられます。

東国遠征を続けるヤマトタケルの前には様々な苦難が立ちふさがりますが一つ一つ敵を打倒しながら進み続け、関東までやってきました。そしてここからが千葉県に舞台を移しますよ。

上総の国…房総半島です。…上総の国に渡る途中、海上で嵐に遭って窮地に立たされます。海神の怒りを鎮める為に妃である弟橘姫(おとたちばなひめ)が自らの意志で海に入水すると嵐はやみ、ヤマトタケルは最愛の妻を失う事となりましたが無事に上総国…つまり千葉県上陸に成功します。

東国遠征を終え都へ帰る途中に尾張(現在の愛知県)に寄る事にしたヤマトタケルはそこで出会ったミヤズヒメと結婚し、伊吹山の神を退治にいきますが、護身の呪力を持った草薙剣を妻に預けた事が命取りとなり、祟りにあってそのまま帰らぬ人となります。

皇子という立場にありながら、都に留まる事は殆どなく、各地で戦に明け暮れる事となった英雄、ヤマトタケルは不遇の死を遂げながらも今なお多くの信仰を集め続けています。

当時の大和朝廷天皇制が確立していたといっても、まだまだ不安定で各地に紛争を抱えていたという事ですね。

この東国遠征の途中にヤマトタケルが立寄ったのが秩父だったんです。

 

管理人の小ネタ 弟橘姫 所縁の地

管理人の住む茂原市には、日本武尊が上総に渡る際、暴風雨に巻き込まれ、海を鎮めるために入水した后の弟橘姫の櫛が流れ着いたとされる橘神社があります。…実は管理人の自宅の近くで管理人自身も橘神社の氏子なんです。

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橘神社

橘神社について紹介します。
創建は景行天皇四十一年(111)。…日本武尊ヤマトタケルノミコト)の手によって亡き妃である弟橘媛オトタチバナヒメ)の墳墓を築き、橘の樹を墓標の代わりに2株植えられた事を創建の祖としている。 日本で唯一、日本武尊の手で創建された神社とされる。『古事記』や『日本書紀』にも記されている。

古事記にはこう記されています…「七日の後、その后の櫛海辺に依りき。すなはちその櫛を取りて御陵を作り治め置きき。」

橘神社詳しくは…

jinjamemo.com

 

 

 

橘神社のある町に住みたい方はコメントください…

oya.hatenadiary.com