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旅行会社の元社員が書く旅日記です…観光情報、現地の楽しみ方、穴場スポットなどを紹介します。…当ブログ記事は転載OK…リンクを貼っていただけるなら遠慮なくお好きにお使いください。

彦根城

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国宝・彦根城

姫路城、松本城犬山城松江城とともに国宝に指定されている彦根城
天守をはじめ、全国的に見てもきわめて保存状態のよい城跡と言われています。

日本のお城は、かつては2万5000以上ありましたが、現在は一般的に見学できるのは200城ほど。そのうち江戸時代以前からの天守が現存しているのは12城だけ。
弘前城青森県
松本城(長野県)
丸岡城福井県
犬山城(愛知県)
彦根城滋賀県
姫路城(兵庫県
松江城島根県
備中松山城岡山県
丸亀城香川県
伊予松山城愛媛県
宇和島城愛媛県
高知城高知県
…これだけでも彦根城が希少だとわかるでしょう。

彦根藩、井伊家は領地30万石、譜代大名筆頭の家格を誇りました。徳川家康の筆頭家老ともいうべき初代直政から、最後の当主直憲(なおのり)まで14代にわたり、一度の国替えもなく彦根を治め、時には江戸幕府大老を勤めて徳川将軍の治世を支えました。

彦根城を説明するには、彦根藩、井伊家を知らねばなりません。井伊家と言えば初代 井伊直政、13代藩主 井伊直弼を語らなければならないでしょう。

 

井伊直政
戦国最強「武田の赤備え」を受け継ぐ井伊の赤鬼

2017年 NHK大河ドラマおんな城主 直虎」で注目を集めた戦国武将…主演を柴咲コウ井伊直政菅田将暉が務め、近年の大河ドラマの中では、高い評価を得ている作品です。

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徳川四天王徳川十六神将・徳川三傑…そのすべてに名を挙げられ、徳川家随一の貢献をしたとされる井伊直政。もともとの家柄は今川家に仕える家臣でした。当時の当主である井伊直盛桶狭間の合戦で討たれると、井伊家の受難がはじまります。

桶狭間の合戦からわずか2年後には直政の父であり、当主となった井伊直親が謀反の嫌疑をかけられ、誅殺。その後は謀反人の子どもである直政自身も命を狙われますが、井伊家を継いだ井伊直虎や、母の手によって保護されていきます。

そして1575年、井伊直虎の働きかけにより、生涯の君主となる徳川家康に召し抱えられることになりました。

小牧・長久手の戦い小田原城攻め、関ヶ原の戦いで武功をあげ、徳川家臣団一の大出世を遂げた男です。…直政だけでなく、その子、井伊直孝も優秀。

井伊直孝
直孝は大坂冬の陣で兄直継に代わって出陣し、その功績によって家督を継ぎ、夏の陣では豊臣方の木村長門守重成と戦い大功をあげ、井伊直政(常に先鋒を務め、徳川四天王のひとり)に劣らぬ武将と賞賛されました。

直孝は、秀忠、家光、家綱の三代にわたって、将軍の執政となり、幕府政治確立にも貢献。これらの功により3回加増され譜代大名としては例のない30万石となる。彦根35万石といわれるのは、このほかに幕府領5万石の預かりがあり、合わせて35万石となります。

 

井伊直弼
安政の大獄を主導し…桜田門外の変で落命!

井伊直弼は幕末政治に重要な役割を果たした人物ですが、その業績はこれまで善悪両極端に評価されてきました。

管理人の世代では、強権的な政治によって反対派を弾圧したため暗殺された「悪人」的イメージが強くかった。しかし、一方、地元彦根では、鎖国していた日本を開国に導いた偉人と高く評価されています。

評価が両極に分かれている要因は、直弼死後の歴史にあると考えます。直弼と対立していた勢力が政権を掌握し、ついで江戸幕府を倒した明治維新政府によって近代国家が築かれると、直弼の政治は批判対象となりました。

政治的な思惑により、直弼の事績が正確に描かれてこなかったといえます。例えば、「安政の大獄」や「桜田門外の変」は「戊午の密勅」の結果として起こったにも関わらず、その因果関係を充分に説明せず、「反対派を弾圧した」結果と説明されています。

彦根の人々は、このような歴史観に反発し、明治42年(1909)の開国50年祭などを機に直弼を「開国の恩人」と評価し、日本近代の出発点を直弼に求めようとしました。

近年になって研究が進み、 ”幕府は弱腰外交ではなかった” という説が急浮上しています。井伊直弼の評価も上がっており、史実を客観的に分析しようという機運が出てきています。…管理人は今後、 ”井伊直の評価は見直される” と思ってます。

 

国宝・彦根城

琵琶湖の東岸、滋賀県彦根市に位置する、天守が国宝指定された5城のうちの一つ。最近では、ゆるキャラひこにゃん が人気!

ひこにゃんゆるキャラグランプリ2010初代チャンピオン! …かぶっている兜は井伊の赤備えです(直孝モデル)。登場タイムは1日2回ですが、今年はコロナで、ひこにゃんも3ヶ月自粛したそうです。(5/23より再開)

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それでは彦根城を地図にて説明に入ります…
青枠彦根城博物館」「黄枠:佐和口多聞櫓」「ピンク⇒:いろは松」「緑枠:天秤櫓」「赤⇒時報鐘」「黄枠:太鼓門櫓」「赤枠天守

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彦根城博物館
代々彦根藩主を勤めた井伊家には、このことを物語る豊富な美術工芸品や古文書が伝えられてきました。 その数は約4万5千点、それらは彦根城博物館所蔵資料の中核となっています。 その他、彦根および彦根藩に関する資料も収集しており、収蔵資料は9万1千件を超えます。 …この博物館で彦根藩、井伊家を知ってから城内での散策をお奨めいたします。

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天守

国宝・天守は3階3重、つまり3階建て3重の屋根で構成されています。外観に重きを置き、変化に富んだ美しい姿を見せています。

彦根城』は “刀ややり、弓矢で戦をしていた中世”“鉄砲での戦に備えた近世” という二つの時代のお城の特徴を備えたお城です。

中世では武将が名乗りを上げて直接攻め込む戦い方をしていたので、お城の周りに塀を造って、堀を巡らせば敵が近づくことができませんでした。

しかし、近世になり鉄砲が伝わると、遠距離から攻撃をしていく戦い方に変わり、ひとりではなく集団で攻め込むようになってきたので、堀は昔と比べて幅が広くなり、上から鉄砲で攻撃できるように鉄砲を構える隙間(銃眼)を設けるようになりました。

彦根城』は山のすそを断崖にして敵が登れないようにしたり、「西の丸」と「出郭」の間に空堀を設けているのが中世的な造りで、石垣を高くしたり、鉄砲の玉を通さないように天守の壁に石を埋めたりしているのが近世的な造りだといえます。

城郭は、戦とともに発達してきたものですが、彦根城は対大阪城という意図で築城されたものの、一度も戦を経験することなく明治時代を迎えます。

江戸時代を通して藩主が天守を訪れることは余りなく、天守には歴代藩主の甲冑などが収納されていました。江戸時代の天守は、軍用建築というよりも、城下から見上げる彦根藩の象徴という役割を担っていたようです。

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いろは松
表門橋に向かう中濠の沿道の松並木(ピンク⇒)で47本あったのでこの名が付けられました。現在34本(補植12本)残り、当時の面影が偲ばれる通りです。
第3代井伊直孝が、諸国から取り寄せた竹木を城内に移植する際に、通行の妨げにならないように、根が地上に出ない土佐松が植えられています。

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佐和口多聞櫓 (さわぐちたもんやぐら)
いろは松から彦根城を訪れる時、最初に出逢う櫓。左手に見える櫓は明和8年(1771年)に再建されたものです。現在、重要文化財に指定されています。
手前は昭和35年(1960年)に再建されたもので、現在は開国記念として使われています。

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時報鐘 (じほうしょう)
城全体に響くようにと『鐘の丸』より移されたもので、今も定時に鐘がつかれ「日本の音風景百選」に選ばれています。幕末期12代藩主直亮の時に、より美しい音色にしようと鋳造の際、大量の小判が投入されました。
隣接する聴鐘庵は茶屋として薄茶(お菓子付¥500)を楽しむことができます。(9:00〜16:00)

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天秤櫓 (てんびんやぐら)
表門から坂を上がって行くと廊下橋(非常時には落とし橋となる)が見えます。
この橋を中央として左右対称に建てられているのが天秤櫓です。まるで天秤のような形をしているところから天秤櫓と呼ばれています。…日本の城郭でこの形式のものは彦根城だけです。

また、橋は鐘の丸から渡され、廊下橋と名が残っています。今は架け橋ですが、往時は両側に壁があり屋根のある橋でした。中の人の動きが外からは見えないようにしてあったといわれています。

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太鼓門櫓 (たいこもんやぐら)
本丸への最後の関門である太鼓門櫓は、東側の壁が無く、柱の間に高欄をつけ廊下にしています。登城合図用の太鼓の音を響かせるために考えられたのではないかといわれています。
太鼓門櫓を過ぎると、正面に天守が現れます。また、時報鐘の前に立ち、右に太鼓門を見ながら仰ぐ天守雄姿は格別です。

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観覧料金
彦根城玄宮園:800円(※玄宮園のみ200円)
彦根城博物館:500円
彦根城玄宮園と博物館のセット券:1200円

駐車場
彦根城P:1000円
周辺駐車場:2時間400円(その後1時間ごとに100円 ※最大1000円)

 

管理人の独り言

この記事を書くに当たり、2010年公開映画「桜田門外ノ変」主演 大沢たかお…観ましたよ。…映画では、薩摩藩士1名を加えた水戸藩士が、江戸城へ登城する彦根藩の列に突っ込み、井伊直弼を殺害する場面を序盤で行い。その後の薩摩藩の裏切りなどで苦悩する水戸藩士たちの顛末を中心に描かれていました。

映画の中では、井伊直弼を伊部雅刀が演じ、これが嫌な奴に描かれているんです。でも、この桜田門外の変によって幕府の威信は失墜、幕府瓦解はここから始まったんです。

顛末は、襲撃に加わった水戸藩士で明治維新以降、生き延びたのは3名のみ。彦根藩では登城の列に加わった者は、藩主を守れなかった咎で足軽以上全員切腹

重たい内容を取り扱った映画でしたが、襲撃の指揮を執った関鉄之介を大沢たかおがいい味を出して演じてるんです。 …実にいい映画でした。

この映画を観てから彦根城に訪問すると、よりいっそう楽しめるんじゃないかと思います。

桜田門外ノ変」2010年上映 監督:佐藤純彌 主演:大沢たかお

www.youtube.com

 

 

 

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