
三遠南信道・天龍峡大橋の歩道…愛称は「そらさんぽ天竜峡」
2019年11月「そらさんぽ天竜峡」が開通しました。三遠南信自動車道で天竜川に架かる天竜峡大橋の下に歩道橋を作っちゃったんです。
※因みに「三遠南信(さんえんなんしん)」とは、三河、遠州、南信州、の3県の県境にまたがる地域です。


通路は金網ですから、川音が聞こえ風が気持ちいい。
眼下は国指定の名勝として知られる「天竜峡」。諏訪湖を水源とし伊那谷を南北に貫いて太平洋に注ぐ天竜川のなかでも、まるで龍が通ったような両岸の絶壁・奇岩が美しい景勝地です。
天竜峡をご存知の方は、「天竜峡を真上から見られるなんて凄い!」って思う事でしょう。天竜川ライン下りの舟も通るし、JR飯田線が天竜川を渡る場面も見られる。
つまり…
・天竜峡
・天竜川ライン下り
・JR飯田線
…3つを同時にカメラに収めることが出来る場所が「そらさんぽ天竜峡」なんです。
”そんな都合よくいくかよ” …っていう皆さんの心の声が聞こえてきました…(笑)


天竜川ライン下り
という事で天竜川ライン下りの時刻表を検索していたら、ライン下りって凄く興味深い乗り物だという事がわかりまして報告いたします。
天竜川ライン下り時刻表(天竜峡温泉港発~唐笠港着)
①09:20→10:10
②10:30→11:20
③11:45→12:35
④14:10→15:00
⑤15:20→16:10
「そらさんぽ天竜峡」通過予想時刻は、出発して15分後になります。
つまり、1日5本…少ない。
でもですね…これはお客様を乗せた時です。船はまた出発地点に帰らなければいけないんです。…何とですね…天竜川ライン下りは、お客様を降ろした後、船外機…いわゆるモーターで川を上って行くんです。
上りの予想時間は、様々でしょうけど往復ですと1日10回船を見ることが出来るんです。


そもそも船は下った後、どうやって出発地点まで戻るの?
船の戻り方は2つ…
1.船外機(モーター)で自走して戻る
2.毎回クレーンで吊り上げてトラックに積んで運ぶ
…の2通り。
天竜渓谷では、「天竜ライン下り」ともう1社「天竜舟下り」の2社は川下りを運営しています。
「緑枠:そらさんぽ天竜峡」「青丸:天竜舟下り」「赤丸:天竜ライン下り」

天竜ライン下り
天龍峡温泉港から唐笠港までおよそ40分~50分かけて下る。
天竜川の流域の中でも、両岸に聳え立つ大岸壁や奇岩により山水画をほうふつさせる
奇勝絶景の天竜川随一の名勝地を川下りの船上からゆっくりと眺望できる。
船賃:3200円
天竜舟下り
長野県諏訪湖が源流の天竜川は、流路213km静岡県の遠州灘まで続いており、この天竜川を長野県飯田市の弁天港から時又港まで距離にして6キロをおよそ35分かけて下る。
天竜川の南原の背・見返りの背では、波しぶきで歓声があがり、鵞流峡では、圧倒的な渓谷美の風景に魅せられる。舟にはしぶきよけビニールシートを常備しており、豪快な波しぶきが、服にかかるので、乗船時も安心だ。
船賃:2500円
出発地点への戻り方
「天竜ライン下り」は、川の流れがゆったりした奇岩、奇石を多く抱える天竜峡の核心部分を通るエリア。…対して「天竜舟下り」は、水しぶきが乗客にかかるほどのダイナミックな渓相、急流の船頭さんによる舟さばきが売り。
出発地点への戻り方は…
1.船外機(モーター)で自走して戻る:「天竜ライン下り」
2.毎回クレーンで吊り上げてトラックに積んで運ぶ:「天竜舟下り」
…となります。

つまり ”急流だと川を遡って戻れません” という事なんですね。
やはり急流で船頭さんの舟さばきが売りの、埼玉県の長瀞ライン下りも毎回クレーンで吊り上げてトラックに積んで運んでいました。
でも…お客様には送迎バスが出ますのでご安心を…。
JR飯田線
また、このJR飯田線が渋いんです。2両編成の電車が走っています。管理人のような鉄道ファンにはたまらない路線。(管理人は「ファン」であって「マニア」ではありません。…その違いはなんだ!…笑)
愛知県「豊橋駅」と長野県「辰野駅」を結ぶ全長195.7kmの飯田線。…ローカル線として有名なこの路線には94もの駅があり、それぞれ個性的な魅力があります。
例えば…
・狐で有名な豊川稲荷や眺望風呂の湯谷温泉
・紅葉が美しい天竜峡にアルプス散策に行ける駒ヶ根駅
…など。
人気急上昇の秘境駅も飯田線には幾つもあり、この路線だけで充実した列車旅が楽しめます。

…で、「そらさんぽ天竜峡」をいつ走るかといいますと、1日12本…まあ1時間に1本、走るかな?…ってところでしょうかね。(JR飯田線の電車に会えたらラッキー!)
そらさんぽ天竜峡 営業情報
最寄駅:天竜峡駅
最寄I.C:天竜峡I.C
通行可能時間:11月から2月→7:30~16:30、3月から10月→6:30〜18:00
通行料:無料
駐車場:無料(三遠南信道天龍峡PA)
管理人の独り言
そもそも現在は、道が整備されてトラックもありましたけど昔はどうしていたんでしょうか?
道路もトラックも無い時代は、大量に物資を運ぶ手段は川です。舟です。下るのは良いけど上れません。
天竜地方でも、その昔、電車も車もない時代は、物を運ぶ手段ってそんなにたくさんあったわけではありません。
この地方には「中馬」と言って、馬で物資を運ぶ中馬街道というのがありましたが、
大きな荷物を一気に運ぶとなると川というのは重要な運搬手段でした。
舟に年貢米や炭、米、酒樽、紙の原料になるコウゾなどを載せて川を下り、帰りは、もちろん海産物、塩とか長野特有の塩イカもこの当時から運ばれていたそうです。
で…この川上りを「天竜川ライン下り」「天竜川舟下り」の2社が共同で実施したそうです。
昔の文献、資料を基に実際にやってみました。



鳶口と言われる道具で、岩などにひっかけて使います。
竿と舵と帆…それに長短、3種類ほどのロープ。このロープを岸に投げ、風は吹かないときは、人力で引っ張って上がっていくんだそうです。
舟には船頭さんが2人、岸に上がって引っ張る人が2人、計4人で舟を上らせます。 当時は、1日で下り、帰りは3日も5日もかけて上ってくる大変な作業でした。
現代社会では想像もできない、自然の力と人力だけでの川上り。実際にやってみた「天竜川ライン下り」「天竜川舟下り」の2社のスタッフの皆さんご苦労様。
スタッフの方のコメント
「とにかく大変だった」
「100年前と同じことをするのは本当に辛かった」
「300mほどを20分かけて上ったが、1時間にも2時間にも感じた」
…とおっしゃっていました。
伝統、文化って…こうやって守られて行くんですね。
追記…
天竜川といったらライン下り観光船の事故を思い出す方がいらっしゃると思います。
天竜川川下り船転覆死亡事故は、2011年8月17日、 静岡県浜松市天竜区の天竜川において、川下り船第十一天竜丸が転覆し、乗客ら5人が死亡した事故です。
事故当日午後1時50分、客64人が連なった3隻(第十二天竜丸・第十一天竜丸・第十三天竜丸)に分乗して出発。転覆した第十一天竜丸は、船頭2人・乗客21人(うち子供6人)を乗せ、3隻の真ん中に位置していた。
二俣城址付近の渦が発生している湾曲部を川下り中、午後2時30分頃左岸に衝突し、その後、支流の阿多古川との合流地点から約200メートル上流で転覆、乗っていた23人全員が川に流された。
20人が救助され、うち7人は病院に搬送されたが、残る3人は行方不明となり、捜索が続けられた。しかし、23人のうち乗客4人(幼児1人・男性1人・女性2人)及び船頭1人の計5人が死亡し、5人が負傷した。
犠牲者を出してしまった主な要因は、救命胴衣を着用させていなかったことです。(※この事故の後、全国で救命胴衣の着装徹底がなされました)
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