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旅行会社の元社員が書く旅日記です…観光情報、現地の楽しみ方、穴場スポットなどを紹介します。…当ブログ記事は転載OK…リンクを貼っていただけるなら遠慮なくお好きにお使いください。

岡崎公園

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徳川家康のふるさと岡崎城の城跡
岡崎公園

岡崎公園は、徳川家康が生誕した岡崎城を中心とした歴史公園です。白亜の天守閣を囲んで乙川、伊賀川沿いに咲き誇る春の桜は見事で「日本さくら名所100 選」にも選ばれているほど。(大変な賑わいです。露店の屋台が沢山!…日本中の的屋が集まってきたみたい)

例年、ゴールデンウィークの頃には、五万石ふじが甘い香りを漂わせ、淡い紫の花房がふわりと揺れるのは夢のような美しさ。

公園内には、家康が生まれたことを示す史跡があります。天守のそばには、家康が誕生したとき産湯に使ったという「東照公産湯の井戸」や、家康のえな(へその緒・胎盤)を埋めたとされる「東照公えな塚」、また岡崎城の前には、平和を願う家康の遺言碑もあります。

緑豊かな公園として親しまれている岡崎公園を歩けば、家康の息吹が感じられます。

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岡崎城

天文11(1542)年12月26日、徳川家康は、岡崎城内で誕生しました。家康は、6歳で織田信秀(信長の父)、8歳で今川義元の人質となり、少年期を他国で過ごしましたが、永禄3(1560)年の桶狭間の合戦で、今川義元が戦死したことを契機に自立。以来、岡崎城を拠点に、天下統一という偉業への基礎を固めました。

元亀元(1570)年、徳川家康は本拠を浜松城に移し、岡崎城は子の松平信康が入った。しかし、信康は謀反の疑いをかけられて自刃。以後、重臣石川数正、本多重次らが城代を務めた。

天正18(1590)年、家康が関東に移封となると、豊臣家臣の田中吉政が入る。家康に対する抑えの拠点の一つとして、吉政は城を拡張し、強固な石垣や城壁などを用いた近世城郭に整備した。また、城下町の整備も積極的に行い、岡崎の郊外を通っていた東海道岡崎城下町の中心を通るように変更し、「岡崎の二十七曲がり」といわれるクランク状の道に整備され、現在の岡崎城の原型を造った。

慶長7(1602)年、徳川氏譜代の重臣である本多康重が上野国白井より5万石で入城。以降、徳川政権下では家康誕生の城として重要視され、譜代大名が歴代の城主を務め幕末明治維新を迎える。

その後、廃城令によって廃城処分となり、天守以下の建物が撤去されましたが、昭和34年に再建されたのが現在の天守です。

 

岡崎公園の解説

広大な敷地の中には、岡崎城のみならず神社も料亭も歴史資料館もあり、日本情緒を感じながらの歴史散策にぴったり。

三河武士のやかた家康館、二の丸能楽堂、巽閣、茶室葵松庵・城南亭、からくり時計、龍城神社など、みどころいっぱいの公園です。

青⇒:駐車料金100円(30分毎)」「赤枠:大手門」「黄枠三河武士のやかた家康館」「青枠:からくり時計」「ピンク⇒天守

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岡崎城 大手門
この大手門は、岡崎公園の表玄関にふさわしい建物として、1993年に再建しました。高さ11m、幅16.4m、奥行6.3m。石垣には地元産の御影石を使用し、入母屋造りの屋根には江戸物本瓦が葺かれています。 

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三河武士のやかた家康館
三河武士のやかた家康館では、家康公の出生から天下統一までと、それを支えた三河武士達を常設展で5つのコーナーに分けて解説しています。また館内には甲冑の試着体験や刀や兜の重さを体験できるコーナーもあります。

入館料:360円(天守とセット510円)

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からくり時計
三河武士のやかた家康館前の広場にある高さ約6mの時計塔。時間になると人形が能を舞います。舞うのは、毎時00分・30分。舞う人形は家康で遺訓を語ります。

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岡崎城 天守
天守閣は、2階から4階までが江戸時代の岡崎を紹介する歴史資料館になっています。
2階は「藩政と支配」3階は「城下町の文化と産業」4階は「城と城主」など、各階にテーマ を定めて当時の貴重な資料を展示しています。また、5階は展望室となっており、三河平野を一望することができます。

入場料:200円(三河武士のやかた家康館とセット510円)

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東照公遺訓碑(天守前)
天守の前には徳川家康の遺言が書かれた石碑があります。

東照公遺訓碑「人の一生は重荷を負(おい)て遠き道をゆくがごとし、いそぐべからず、不自由を常とおもえば不足なしこころに望(のぞみ)おこらば困窮(こんきゅう)したる時を思いだすべし、堪忍(かんにん)は無事長久(ぶじちょうきゅう)の基(もとい)、いかりは敵とおもえ勝事(かつこと)ばかり知りてまくる事をしらざれば害(がい)其身(そのみ)にいたる、おのれを責て人をせむるな、及ばざるは過(すぎ)たるよりまされり。」

家康公遺言「わが命旦夕に迫るといへども将軍斯くおはしませば天下のこと心安し
されども将軍の政道その理にかなはず 億兆の民艱難することもあらんには たれにても其の任に変らるべし 天下は一人の天下に非ず天下は天下の天下なり たとへ他人天下の政勢をとりたりとも四海安穏にして万人その仁恵を蒙らばもとより 家康が本意にしていささかも うらみに思ふことなし」 元和二年四月十七日   家康公薨七十五才於駿府城

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管理人の独り言

天下人となった家康には、築山殿、朝日姫という2人の正室の他に、16人の側室がいて、11男5女、計16人の子どもに恵まれました。最後にもうけた市姫が生まれたときには家康はナント、66歳! 子孫をたくさん残し、徳川家を安泰へ導きました。 (管理人…「羨ましい」…笑)

家康にあやかって運気を高めたい人に…記念に買いたい家康公ゆかりの逸品

◎健康・長寿…家康公の長寿の秘訣!「まるや」と「カクキュー」の「八丁味噌」は岡崎の名産品です。松尾芭蕉も句にも詠んだといわれる「むらさき麦」も健康食として注目を集めていて、麦ごはんや麺類、お菓子にも使われています。

◎出世…「出世開運」なら、徳川家ゆかりの伊賀八幡宮や、大樹寺へ。参拝し、お守りを持ち帰れば、出世開運の道が開かれるかも!

◎地酒…良質な米と清らかな水で造られる岡崎の地酒。「丸石醸造」の上質でフルーティーな「徳川家康」、透明感のある甘味が特長の「三河武士」。「柴田酒造」の、キレのある後味が自慢の「家康の里」など、人気の銘酒を味わおう!

◎銘菓…飴一つひとつに徳川の家紋である葵が入っている「天下飴」や、狸おやじで有名な家康がモチーフ?の「狸缶入り手焼きせんべい」など、小分けもできてお土産にぴったり。

◎グッズ…家康公と徳川四天王をかわいくデフォルメした「イエヤスコウとシテンニョーシカ」は、観光キャラクターとして人気。文具やタオル、バッグ、かんバッジなど、グッズもいっぱい!

ご当地グルメ…市内提供店の「家康らぁめん」、いちかわ(岡崎公園内)の「徳川家康公パフェ」、道の駅「藤川宿」の「開運 家康御幣」、暴れん坊チキンの「家康唐揚げ」など、市内各所でご当地グルメが楽しめます。お土産にすれば、岡崎の味をみんなで楽しめます。

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好奇心旺盛で食通!家康公が広めたもの
人生50年といわれる時代で、75歳という驚異の長寿をまっとうした家康公。麦飯、八丁味噌など、粗食で体によい食生活を送り、漢方薬をとりいれ、健康には人一倍気をつかっていたそうです。

その一方で、好奇心旺盛で食通だった家康公。全国各地に家康が好んだ食べ物が残っていて、食文化を築くきっかけにもなりました。静岡県浜松市の和製ハーブリキュール「忍冬酒」、庶民の食べ物だった埼玉県の「草加煎餅」などが有名です。

夏の風物詩、花火も、家康公が全国へ広めた文化の一つです。軍事の要である火薬の製造は徳川発祥の地である三河にのみ許されており、泰平の世になると火薬の利用は軍事から観賞用の花火へと変わって行きました。花火は、家康公がつくった平和な時代の象徴であり、それは岡崎を含む三河地方から始まったのです。

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