
草薙の剣を御神体とする神社 熱田神宮
今回は、名古屋に位置する熱田神宮をご紹介いたします。
熱田神宮は、6万坪という広大な敷地の境内を持ち、本宮をはじめ別宮一社、摂社八社、末社十九社が祀られております。(境外にも摂社四社、末社十二社があり、すべてあわせて四十五の社)
つまり、熱田神宮には、沢山の神様がいらっしゃるわけです。
そんな熱田神宮を語ります。
日本の神々のお話し
熱田神宮の御祭神は、熱田大神=御神体である ”草薙剣” です。
草薙剣とは、古代より伝承されてきた日本の歴代天皇の証、持ち物で、三種の神器の一つが草薙剣なんです。…この草薙剣、熱田神宮にあります。
まず、熱田神宮を参拝するに際しては、日本の神様を知らなければなりません。日本の神様を解説いたします。
高天原(たかまのはら)と呼ばれる、天上界に、最初に登場するのは「三柱の神」(みはしらのかみ)、そこに皇室の、祖先の神である、祖先神(そせんしん)、天照の姿はありません。更に数多くの神が、次々と誕生、17、18番目に、やっと登場するのが…イザナキ、イザナミです。

やがて二神は、愛の結晶として、日本の島々を、生み出します。
二人は、こんな話を、したそうです…
「イザナミよ…お前の身体は、いかにしてできているのだ」…するとイザナミは
「私の体は、成り合わない所が一つあります」…それを聞いた、イザナキは
「わが身には、成り余っているとこがある」
「それでは、お前の成り合わない所と、わしの成り余っている所とを、差し塞いで、国を生み出そうと思う」
イザナミも「それはいいわ」……と答えました。
こうして二人はまず、淡路島を生み…四国、九州、ついには本州を生みました。更に二人は、この国々を守るため、様々な神を、生み出します。
海、土、霧、泡、山、風、木の神など、その数合わせて、35柱あまり、世界は神々で、満ちてゆきました。これだけたくさんの神々が、誕生したにも関わらず、アマテラスはまだ、姿を現しません。
そして、イザナミが、最後に産んだのが、火の神、…その際、イザナミは、ひどい火傷を負って、黄泉の国へ行ってしまいます…後を追ったイザナキは、朽ち果てて、蛆(うじ)が沸いた、変わり果てた、イザナミの姿を、目の当たりにして、命からがら逃げかえります。
そして、黄泉の汚れを落とすため、イザナキは、池の水で禊(みそぎ)をすると…「左の目を洗った時、成り出たのが天照大御神…右の目からは月読命(ツクヨミノミコト)、…鼻からは須佐之男命(スサノオノミコト) 。
こうして禊(みそぎ)で生まれた、三神の一柱として、皇室の先祖の神である、アマテラス(天照大御神)は、誕生したのです。

ようやくアマテラスが登場しました。
その後のお話としては…
スサノオの乱暴に手をやいて、天照が石屋に引きこもった、天岩戸(あまのいわと)のお話し、スサノオが地上に追放された後の…ヤマタノオロチ退治。
大国主命が苦労してせっかく作った出雲の国を、天照の命により、譲らざる、得なかった「国譲り」この国譲で鹿島神宮、香取神宮の神様が、大活躍をしているんです。
そして、神が地上に降りた天孫降臨、初代天皇誕生の物語、などがあります。…そのほかにも、沢山の神話があります。
「草薙の剣」とは…
そもそも草薙剣とは、スサノオが地上に追放された後、8つの頭と8本の尾を持った巨大な怪物ヤマタノオロチを退治します。

スサノオは、生贄の娘を救うためにヤマタノオロチと対決、…酒を満たした8個の大樽を用意して待ちます。酒好きのヤマタノオロチは酔っぱらって寝てしまう、その隙に次々と首を切り落とす。その時、尾っぽを切った時に、神々しい刀が出てきました。
スサノオも地上では、良い事をしているんですね。
で、…スサノオは、数々の非礼を詫びるつもりもあったんでしょう。ヤマタノオロチから出てきた刀をお姉さんのアマテラスに献上します。これが後に「三種の神器」の一つになる草薙の剣です。
そのごアマテラスは、孫のニニギノミコトに地上界を収めるように命じます。ニニギノミコトは命を受け地上に降り立ちました。天孫降臨です。この時に持って行ったのが鏡、玉、剣の「三種の神器」でした。

熱田神宮と草薙剣
そのためには、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)を知らなければなりません。ヤマトタケルは、第12代天皇の景行天皇(けいこうてんのう)の皇子として生まれました。
景行天皇は、息子である ”軍神ヤマトタケル” に「西国を平らげて来なさい」と命じます。命を受けてヤマトタケルは九州地方、西国征伐に向かいます。艱難辛苦の末、西国を平らげ、都へと戻ったヤマトタケルでしたが休む暇もなく、今度は東国への出征を命じられます。
そに際に授かったのが ”草薙剣” だったんです。東方遠征も色々あったんですが、この場では長くなるんでやめておきます。(東方遠征を書いた記事「秩父三社と日本武尊(ヤマトタケルノミコト) - 旅cafe」を参照ください)
ヤマトタケルは大変な目に遭いながらも、なんとか東国を平らげて名古屋まで戻ってきました。そして尾張の宮簀媛(ミヤズヒメ)と結婚したんですが、その時「伊吹山(滋賀県)に荒ぶる神がもう一人いる」という情報が入るんです。これは行かなきゃいけません。
でも、その時に何故か、護身の呪力を持った草薙剣を妻に預けて出かけちゃうんです。そしてヤマトタケルは、帰らぬ人になてしまいました。
その後、ミヤズヒメは夫を亡くした悲しみを乗り越え、熱田の地になんとか格好を整えて草薙剣を無事納めたんです。そして剣を御神体とした熱田神宮が誕生したという流れです。
熱田神宮 境内解説
6万坪という高大な敷地には、樹齢千年を越える大楠が緑陰を宿し、宝物館には信仰の歴史を物語るものとして、皇室を初め全国の崇敬者から寄せられた6千余点もの奉納品が収蔵展示されております。
境内外には本宮・別宮外43社が祀られ、主な祭典・神事だけでも年間70余度、昔ながらの尊い手振りのまま今日に伝えられております。
「赤丸:こころの小径」「青丸:信長塀」「黄⇒:大楠」「赤⇒:宝物館」「黒丸:二十五丁橋」「ピンク丸:別宮八剣宮」「黄丸:上知我麻神社」

1本宮、2別宮八剣宮、3一之御前神社(天照大神)、4清水社(目の神様)、5土用殿、6御田神社(五穀豊穣の神様)、7龍神社(日本武尊の東征関連の神様 )、8神楽殿、9授与所、10祈祷殿・長床、11斎館・勅使館、12ならずの梅(奇木)、13西楽所、14信長塀(日本三大土塀)、15大幸田神社(五穀豊穣の神様)、16 内天神社(医薬の神様)、17六末社(日本武尊・国造関係の神様)、18宮庁、19熱田神宮会館、20龍影閣(明治天皇聖跡)、21大楠(楠の巨木)、22みなも神殿、23菅原社(学問の神様)、24客殿、25千秋閣、26又兵衛・茶席、17手水舎、28文化殿(宝物館)宝物館(刀剣・鏡等を収蔵) 、29休憩所、30南神池、31二十五丁橋(名古屋最古の石橋)、32佐久間燈籠(日本三大燈籠)、33徹社(天照大神の和魂)、34清雪門(あかずの門)、35楠之御前社(安産の神様)、36南新宮社、37上知我麻神社(知恵の文珠様)、38大国主社(大黒様)、39事代主社(恵比須様)、40太郎庵椿(名木)、41上知我麻神社 社務所、42孫若御子神社(尾張氏の始祖)、43日割御子神社(天照大神の御子神様)、44相撲場、45下知我麻神社(旅行安全)、46令和記念館、47くさなぎ広場、48剣の宝庫 草薙館
駐車場
東門駐車場:300台
西門駐車場:工事中につきバスのみ6台
南門駐車場:60台
駐車料金:無料

上知我麻神社(かみちかまじんじゃ)
ご祭神:乎止與命(おとよのみこと)
商売繁盛・家内安全を願う(初えびす)、又知恵の文殊様として合格祈願の絵馬奉納など篤く信仰されております。
両脇に、大国主社(おおくにぬししゃ・大黒様)、事代主社(ことしろぬししゃ・恵比須様)がお祀りされております。
乎止與命は、尾張の地元の神様で宮簀媛命、建稲種命の父親でもあります。

別宮八剣宮(べつぐうはっけんぐう)
ご祭神:熱田大神
八剣宮は武門の信仰が篤く、織田信長、徳川綱吉等により、社殿の修造造営が行われてきました。
この別宮八剣宮は独特な雰囲気があります。熱田に来たら、是非、立寄って頂きたい社です。

孫若御子神社(ひこわかみこじんじゃ)
ご祭神:天火明命(あめのほあかりのみこと)
天火明命は、アマテラスの孫です。アマテラスの孫といいますと天孫降臨のニニギノミコトが有名ですが、ニニギノミコトのお兄さんが天火明命になります。

楠之御前社(くすのみまえしゃ)
日本国土や八百万の神々を生み出した大変な神様がご祭神なんです。ここはチョット変わっていまして小さな鳥居を奉納しているんです。


二十五丁橋(にじゅうごちょうばし)
板石が25枚並んでいるところからこの名がついており、名古屋では最古の石橋といわれております。昔ながらの優雅な姿は誠に見事です。
名古屋甚句の中には西行法師(さいぎょうほうし)が、これほど涼しい宮を誰が熱田と名をつけた、というユーモラスな唄があります。
「ア~ 宮の熱田の二十五丁橋で エ~ ア~ 西行法師が腰をかけ 東西南北見渡してこれほど涼しいこの宮を たれが熱田と ヨ~ ホ ホ ア~アア 名をつけたエ~トコドッコイ ドッコイショ」


大楠(おおくす)
弘法大師のお手植えと伝えられ、境内には楠が多く、特に巨大なものがあったので、俗に七本楠と言われております。手水舎北側にあり、樹齢は約千年になります。でもこの楠は3番目の古さとの事。

信長塀(のぶながべい)
永禄3年(1560)織田信長が桶狭間出陣の時、当神宮に必勝祈願をしてみごと大勝したので、そのお礼として奉納した築地塀(ついじべい)です。
土と石灰を油で練り固め瓦を厚く積み重ねたもので、兵庫西宮(にしのみや)神社の大練塀、京都三十三間堂の太閤塀とともに日本三大土塀の一つとして有名です。

熱田神宮宝物館
昭和41年12月に開館。所蔵する宝物は6000点。内、国宝、重要文化財178点。熱田神宮は草薙剣を御神体とする由緒から、刀剣類の所蔵品が多いのです。なんと450振りもあります。内、国宝を含めた20振りを所蔵しています。(神社としては全国最多)
その所蔵する刀剣類の歴史や数から、熱田神宮宝物館は、 ”名刀の宝庫” とも言われています。
また熱田神宮では、毎年7月7日に近い週末の3日間にわたり、刀剣鍛錬奉納が行われ、実際に刀剣を鍛錬する様子も一般公開されているのです。
刀剣好きには、たまらない場所…何といっても ”名刀の宝庫” ですから。
入館料:300円


本宮
祭 神:熱田大神
相殿神:天照大神、須佐之男、日本武尊、宮簀媛命、建稲種命
ご祭神の熱田大神とは、三種の神器の一つである草薙神剣を御霊代(みたましろ)としてよらせられる天照大神のことです。
相殿神は「五神さま」と呼ばれ、草薙神剣とゆかりの深い神々で、宮簀媛命、建稲種命は尾張氏の遠祖として仰がれる神々です。

本宮の社の屋根に注目!…千木が長い!!

千木(ちぎ)についてチョット解説しておきます。
千木の外削ぎと内削ぎ
千木の形は、先端が「外削ぎ」(先端を地面に対して垂直に削る)になっているものと、「内削ぎ」(水平に削る)になっているものがある。これは神社によって違い、外削ぎの千木と内削ぎの千木が同じ社殿に両方ついた神社もある。
「祭神が男神の社は外削ぎ、女神の時は内削ぎになっている」
「外削ぎを『男千木』、内削ぎを『女千木』」
…とよく言われますが…まったくのデマ…関係ありません。


こころの小径
拝殿の右にある神楽殿の右側に本宮の後ろに回る道があります。全長480m。進んでいくと水を司る神様を祀った「清水社」や、熱田神宮の中で最も神聖な場所とされている「一之御前(いちのみさき)神社」がありますが、写真撮影は不可とのこと。(逆にプレミアム感がありますよ…写真は入口だけ…)

こころの小径は、本宮(本殿)の裏側を通る道です。かつては一般参拝者の進入が禁止されていた区域であり、元来、本宮の後方に位置する「一之御前神社」へ行くために神職たちが通行していた神聖な道なんです。
清水社:水をつかさどる神様である「罔象女神」(みずはのめのかみ)が祀られている…水が湧き出ている小さな泉の真ん中に石塔があり、柄杓が用意されているのでその柄杓で石塔に3度水をかけてお願い事をすると願い事がかなうんです。(みんな楽しそうに見ずかけてた)
一之御前神社:ご祭神として天照大神荒魂(あまてらすおおかみあらみたま)を祀る。荒魂とは激しく動的な事象を生み出す神霊をいい、勇猛さ・進取の象徴ともなる。熱田神宮でこれが祀られる由縁も、伊勢神宮に荒祭宮(位置)があることと同義とされる。
管理人の独り言
この記事を読んだ方の中には、「え!草薙剣は、源平合戦の壇ノ浦で安徳天皇とともに海中に沈んだんじゃなかったっけ」…と、思う方もいるでしょう。
確かにそれは、歴史上の事実です。
でも…実は、あの時、沈んでなかったんです。
皆さんも、天皇陛下が伊勢神宮に行かれる際、三種の神器をお持ちになった所を見ているはずです。…でも、あれは、三種の神器のレプリカなんです。
本物の玉は皇居に…鏡は伊勢神宮に…剣は熱田神宮に保管されているんです。
つまり、何が言いたいかといいますと…安徳天皇とともに海中に没した草薙の剣も、レプリカだったんです!!(おわかりいただけたでしょうか…笑)
以下は余談…
熱田神宮は「古事記」好きの管理人としては、一日中いても飽きない場所。素晴らしい!!
管理人の住む千葉県は、ちっとも歴史の舞台に登場しないんです。まあ、海しかないどん詰まりですから、戦略的にはあまり価値が無かったんでしょうね。歴史好きの管理人としては寂しいばかりです。
でもヤマトタケルは、千葉に来てるんです。…尚且つ…なんと管理人の住む町に来てる。
管理人の住む茂原市には、日本武尊が上総に渡る際、暴風雨に巻き込まれ、海を鎮めるために入水した、后の弟橘姫の櫛が流れ着いたとされる橘神社があります。…実は、この神社、管理人の自宅の近くで管理人自身も橘神社の氏子なんです。


橘神社について紹介します。
創建は景行天皇四十一年(111)。…日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の手によって亡き妃である弟橘媛(オトタチバナヒメ)の墳墓を築き、橘の樹を墓標の代わりに2株植えられた事を創建の祖としている。 日本で唯一、日本武尊の手で創建された神社とされる。『古事記』や『日本書紀』にも記されている。
古事記にはこう記されています…「七日の後、その后の櫛海辺に依りき。すなはちその櫛を取りて御陵を作り治め置きき。」
橘神社詳しくは…