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旅行会社の元社員が書く旅日記です…観光情報、現地の楽しみ方、穴場スポットなどを紹介します。…当ブログ記事は転載OK…リンクを貼っていただけるなら遠慮なくお好きにお使いください。

奈良 東大寺

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東大寺大仏殿

華厳宗総本山 東大寺

奈良の大仏を作った人ってだーれだ?」
聖武天皇!」
「残念!大工さんでした」
…解説しましょう。

当時の日本の総人口の4割が関わった事業だから、その理論だと日本の4割りが大工さんだったことになります。

「正解は、国民でした」
…でも、こんな事を言っていると友達無くします。…(くだらない小ネタから始まってしまいました…笑)

奈良の大仏建立って当時としては、凄いことだったんです。
何といっても、日本の総人口の4割、260万人が関わる事業です。

現代で行ったら…六本木ヒルズの10倍ぐらいの大事業だったんじゃないですかね。
とにかく、空前絶後の大事業でした。

今回は、そんなとんでもない大仏様のいる東大寺を語ります。

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東大寺南大門前の鹿

天子南面(てんしなんめん)

寺院で共通するところで沢山の建造物が南側に入口を持っているという事です。東大寺も南向き、平城宮も南向き、法隆寺法起寺薬師寺唐招提寺までみんな南向き。これには ”天使南面” という儒教の教えが影響しています。

皇帝や天皇などの天から認められた支配者は、南側を向くという考え方で、つまり最も北側で南を向いて座っている人物が最も偉い人となります。

これは、藤原京から平城京へと遷都した理由にも関わってきます。藤原京の中の天皇のお住まい藤原宮は、藤原京の真ん中、中心にあった事も理由としてあげられています。

藤原京では、天皇より北側に住む人が出来てしまう…天子南面という考え方からすると天皇よりも偉い人が出来てしまう訳なんです。

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左(藤原京)・右(平城京

…これではいけません。
という事で遷都を機に天皇のお住まい(平城宮)を最も北側にして平城京を造ったんです。

玄関口である朱雀門南大門が最も南側である理由がわかった所で、東大寺南大門から境内の解説をスタートさせたいと思います。

ピンク丸:南大門」「緑丸:金銅八角燈籠」「黄丸:大仏殿」「ピンク枠戒壇堂」「青丸:二月堂」

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東大寺 南大門

南大門には、2体の金剛力士立像が立っています。これはお寺の門番。お寺に悪いものが入って来ないように仁王立ちして見張っているんです。

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「快慶が制作した阿形」・「運慶が制作した吽形」

左(西側)は、快慶が制作した阿形
右(東側)は、運慶が制作した吽形
…これ、通常の仁王像の配置と左右逆なんです。

寄木造りという、沢山のパーツをパズルのように組み合わせて作った仏像なので、分業して製作する事が可能になりまして、2か月という驚異的な速さで完成させました。

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東大寺 南大門(奈良公園の鹿が遊びに来た…)

東大寺 金銅八角燈籠

大仏殿の入口に国宝の大きな八角形の燈籠(とうろう)が置かれています。
これは、大仏が完成した752年に造られた物です。

高さが4.6m、笠の横幅が約1mの銅製の燈籠で、日本国内の銅製の燈籠としては最大の高さの燈籠でしかも最古の燈籠になります。1962年に東北面の音声菩薩が彫られた羽目板が盗難にあいました。その後、すぐに発見されたのですが音声菩薩以外の部分の一部が削り取られていました。 

この部分の羽目板には音声菩薩以外にも「西」という漢字が刻まれた部分が存在していたようですがこの部分が盗難にあって削り取られてしまったのです。 

とんでもない奴がいますね…腹立たしい!!

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東大寺 金銅八角燈籠

東大寺 大仏殿

創建から2度に渡って焼失していまして、現在立っている建物は江戸時代に再建されたものです。再建当初は、さらに横に長かったとの事。現在の長さは当時の2/3程の大きさです。

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東大寺 大仏殿

東大寺 大仏

奈良の大仏、正式には ”廬舎那仏座像(るしゃなぶつざぞう)”といいます。盧舎那仏像は、聖武天皇が745年に制作を命じて752年に完成しました。

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奈良の大仏東大寺 廬舎那仏座像)

盧舎那仏像とは、華厳経の仏様です。右手は手のひらを見せるようにしていて「施無畏(せむい)印」を結んでいます。これは人々に力を与えますが、相手に危害を加えず恐れをいだかせないという印です。また左手は手のひらを上に向けて膝の上に載せています。これは「予願(よがん)印」といって、人々の願いを叶えますという印です。釈迦如来と同じです。

大仏って言うぐらいですから大きいんです。
どのくらい大きいかと言いますと、鎌倉の大仏と比べたくなりますよね…

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左 奈良・右 鎌倉

比べましょう…
奈良の大仏: 像高14.98m、台座3.05m、台座約130t、重さ約250t
・ 鎌倉の大仏: 像高11.3m、台座2.05m、重さ約124t
奈良の大仏の圧勝!

重さの違いが特に大きいようです。実は鎌倉の大仏は中が空洞となっており、我々も中にはいることができます。

(左)虚空蔵菩薩 (右)如意輪観音

大仏様の両脇には、脇侍(きょうじ)として二体の仏像が控えています。

大仏様に向かって…
左は、「虚空蔵菩薩(きょくうぞうぼさつ)」知恵と慈悲の心を与える
右は、「如意輪観音(にょいりんかんのん)」苦悩から救いあらゆる願いをかなえる
…二体が両脇にいます。

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(左)虚空蔵菩薩 (右)如意輪観音

東大寺 戒壇

754年(天平勝宝6)、聖武上皇光明皇太后らとともに唐から渡来した鑑真(がんじん)から戒を授かり、翌年、日本初の正式な授戒の場として戒壇院を建立した。戒壇堂・講堂・僧坊・廻廊などを備えていたが、江戸時代までに3度火災で焼失、戒壇堂と千手堂だけが復興された。

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東大寺 戒壇

戒壇堂には、四天王立像が安置されています。この四天王立像は天平時代の最高傑作と呼ばれている優れた立像で、像高は、持国天:160.5cm、増長天:162.2cm、広目天:169.9cm、多聞天:164.5cmとほぼ等身大の大きさの塑像(そぞう:粘土造り)です。

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東大寺 戒壇堂 四天王立像

※注意:お堂の修理のため、2020年7月より3年間の予定で戒壇堂は拝観が停止されます。その間、四天王像は東大寺ミュージアムで展示されています

東大寺 二月堂

皆さん映像で一度は見たことがあると思います。竹の先に大きな松明を付けて火の粉が落ちる様子です。

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東大寺 二月堂 お水取り

この画像を見れば、皆さんわかったと思います。
旧暦2月に「お水取り(修二会)」が行われることからこの名が付けられています。

お水取りの話は、後ほどという事で、昼間の姿から解説いたします。

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東大寺 二月堂

二階で火の着いた松明を竹の先に付けて回廊を走る姿が見られる二月堂の昼間の姿です。

それでは二階の二月堂の舞台(回廊)に上がりましょう。
見晴らしのいい舞台に上がるには、南北2カ所の階段からアクセス。写真は北側にある石段ですが、屋根が設けられ、古都らしい風情のある回廊となっています。

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二月堂 北側屋根付きの石段

 二月堂は派手さ、大きさはありませんが、しっとりした特有の風情が感じられるのが魅力です。瓜(ウリ)の形をした大きな「吊り灯籠(つりとうろう)」は、二月堂の見どころのひとつ。この独自な灯籠が、重厚な寺院を引き立て、当時としては、かなり斬新なデザインが採用されています。

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二階堂 吊り灯籠

 和服姿の女性が歩いている場所が、二月堂の舞台(回廊)です。舞台に立つと、東大寺大仏殿の大屋根や奈良市街、生駒山を眺望することができ、奈良随一の絶景スポット。3月のお祭り「お水取り」では、大きな松明が舞台を駆け巡ります。

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二月堂 回廊

二月堂の舞台には、24時間、無料で立ち入ることができます。
夕焼けを見る頃には、お堂の扉は閉まってしまいますが、もちろんお参りはできますのでご安心を。

国宝で、世界遺産でありながら、24時間いつでも鑑賞できるのは嬉しい。
日没30分前に到着すれば、ゆっくりと夕焼け鑑賞できます。
遠くなだらかな生駒山に沈む太陽が、奈良を照らす数十分間、至高の時間です。

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二月堂からの夕陽

日が暮れてしまえばもう終わり、そう思っていませんか?
たっぷりと贅沢な風景を鑑賞して帰る前に、ぜひ二月堂を振り返ってください。
周囲にめぐる灯篭が、暗くなりかけの空とお堂を照らして、幻想的に揺らぐ姿を見ることができます。

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日没直後の二階堂からの眺望

そして夜をむかえるんです。

「修二会(しゅにえ)」とは仏教の法会の1つ。東大寺では二月堂で毎年3月初旬から中旬に行われます。一般には「お水取り」または「お松明」と呼ばれています。

「修二会」の正式名称は「十一面悔過(じゅういちめんけか)」と言います。練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれる僧侶が人々に代わって、日常犯しているさまざまな過ちを、二月堂のご本尊である十一面観音菩薩の宝前で懺悔することを意味しています。

広くは「豊年を招き、災いを遠ざける」という意味合いがあり、東大寺では1260年以上も昔から行われています。

「修二会」の期間中、毎夜、練行衆を先導する松明に火が灯され、3月12日には、井戸からくみ上げた香水を観音様にお供えする「お水取り」が行われます。

このことから「お松明」「お水取り」とも呼ばれるようになりました。

同様の行事が全国各地で行われていますが、東大寺で行われるものがもっとも有名で、毎年たくさんの観光客が訪れます。

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19:30 松明に火が入れられます

松明の火の粉を浴びると、その年は健康に過ごせるようですよ。それと松明の燃え残りを拾っている方もいらっしゃいました。(きっと良い事があるんですよ…笑)

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回廊を松明を担いで疾走します

「修二会」は以前は旧暦の2月に修されていましたが、現在は毎年3月1日~15日の未明にかけて行われています。

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松明を回して火の粉を散らします

松明は期間中の3月1日から14日まで毎日掲げられますが、3月12日には籠松明(かごたいまつ)と呼ばれる直径30㎝ほどの大きな松明が掲げられ、見どころとなっています。ただし12日にはとくに多くの観光客が訪れ混雑するため、早めに到着しないと見られない場合があるので注意が必要です。

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二月堂を取り巻く大観衆

東大寺 利用案内

拝観料:600円(大仏殿・法華堂・戒壇堂、千手堂、東大寺ミュージアム、それぞれで入堂料がかかります)
共通券:1000円(大仏殿・東大寺ミュージアム
駐車場:無し(周囲の相場 1日500円)
所在地:奈良県奈良市司町406-1

管理人の独り言

東大寺は見るべきものが盛り沢山。
3月の「修二会」の期間なら、夜まで楽しめる。(この期間は夜がメイン)
朝から一日このエリアにとどまる事を想定して訪問していただきたい。

奈良公園を中心にして…
北に、東大寺
東に、春日大社
西に、興福寺
南に、(南は無かった…笑)
…どう考えても一日で見られる事は無いです。

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奈良公園(桜の木の下でくつろぐ鹿)

皆さん、この写真どうですか…。
まさに桃源郷と化した奈良公園です。

鹿は、住む場所によって、いろいろ食べます。(主に草や葉っぱ)
奈良公園は桜の名所、芝生にふり積もった花びらをムシャムシャ食べます。
春限定のごちそうでしょ!

 

 

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