旅cafe

旅行会社の元社員が書く旅日記です…観光情報、現地の楽しみ方、穴場スポットなどを紹介します。…当ブログ記事は転載OK…リンクを貼っていただけるなら遠慮なくお好きにお使いください。

松尾芭蕉が愛した山寺 宝珠山立石寺

f:id:tabicafe:20200825074337j:plain

天空の古刹 山寺 宝珠山立石寺 開山堂

山形の山寺
正式名称「宝珠山立石寺」(ほうじゅさんりっしゃくじ)

松尾芭蕉が詠んだ句で「閑さや岩にしみ入る蝉の声」は、皆さんご存知です。
芭蕉がこの句を詠んだ地は、今回の題材、宝珠山立石寺 なんです。

f:id:tabicafe:20200825074912j:plain

宝珠山立石寺 納経堂
切り立つ岩の上に建つ山寺最古の建物
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」

芭蕉はこの風景を見て句を詠んだんじゃないでしょうか

山形県山形市にある天台宗の仏教寺院が、山寺(やまでら)の通称で知られる宝珠山立石寺です。

ブナ材の建築物では日本最古といわれる国指定重要文化財の根本中堂をはじめ、奥の院に続く約1,000段の石段に沿って様々なお堂が配置されています。

宝珠山立石寺 境内

宝珠山立石寺は、天台宗に属し、創建は貞観2年(860年)天台座主第3世慈覚大師円仁によって建立されました。

当時、この地を訪れた慈覚大師は土地の主より砂金千両・麻布三千反をもって周囲十里四方を買い上げ寺領とし、堂塔三百余をもってこの地の布教に勤められました。

開山の際には本山延暦寺より伝教大師が灯された不滅の法灯を分けられています。
比叡山から分けられた不滅の法灯が今も大切に守られてるんです。(不滅の法灯は、山麓の根本中堂にあり)

赤丸:根本中堂」「ピンク丸こけし塚」「青丸芭蕉像・曽良像」「黄丸:山門」「青枠芭蕉せみ塚」「緑丸:開山堂・納経堂・五大堂」「グレー丸奥の院

f:id:tabicafe:20200825093941j:plain

山寺(立石寺)は上記地図の赤線の通り参拝すればほぼ全ての名所を巡ることができます。山寺の山門から先は1015段の石段が続く登山道となっています。また点線部分は道が険しく危険なため一般の方は立ち入り禁止となっています。

参拝時に注意しなければならないこととしてはまず入り口があげられます。
山寺登山口の入り口は、お土産店が立ち並ぶ門前通りの一番奥(広い階段)にあります。山寺最初の参拝ポイントである「根本中堂」から見る事にしましょう。

 

宝珠山立石寺 根本中堂

国指定重要文化財の根本中堂は、ブナ材の建築物では日本最古といわれています。堂内では、本尊として慈覚大師作と伝えられる木造薬師如来坐像をお祀りし、脇侍として日光・月光両菩薩と十二支天、その左右に文殊菩薩毘沙門天を拝することができます。

ここで注目していただきたいのが、不滅の法灯です。

不滅の法灯といったら、比叡山延暦寺の不滅の法灯” ですが皆さんご存知の通り、織田信長に焼き討ちにあって全部燃やされちゃったんです。

でも、今でも比叡山延暦寺は、伝教大師最澄が御本尊の前に灯して以来、1200年灯され、守られてきています。

実は、現在灯されている比叡山延暦寺の法灯は、信長の焼き打ちの後、立石寺から持ってきたものだったんです。

どうでしょ…宝珠山立石寺、凄いでしょ。…(笑)

f:id:tabicafe:20200825100710j:plain
f:id:tabicafe:20200825100720j:plain

 

神輿殿とこけし塚(おみこしでんとこけしづか)
神輿殿手前のこけし塚は、明治百年を記念して山形こけし会が、昭和四十四年(1969)に建立。

f:id:tabicafe:20200825101248j:plain

神輿殿とこけし

宝珠山立石寺 芭蕉像・曽呂像・山門

芭蕉像、曽呂像に見送られて山門へ…ここから1015段の石段がスタート。ペットボトルに入った飲み物を忘れない事。(特に夏場!)

f:id:tabicafe:20200825101924j:plain
f:id:tabicafe:20200825101906j:plain
芭蕉像・曽呂像」・「山門」

f:id:tabicafe:20200825102607j:plain

果てしなく続く1015段の石段

宝珠山立石寺 せみ塚

松尾芭蕉が詠んだ有名な俳句 「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」…その句をしたためた短冊を埋め、石塚を建てたのがせみ塚です。

ふと耳を澄ませば、静寂の中に芭蕉が聞いたせみの声が聞こえてくるかもしれませんよ。…(笑)

f:id:tabicafe:20200825103200j:plain

芭蕉 せみ塚

宝珠山立石寺 弥陀洞(みだどう)

仁王門の下に位置する弥陀洞は、長い年月の風雪に、新第三紀中新世の凝灰岩が削られ、阿弥陀如来の姿を造りだしたといわれるもの。1丈6尺(4.8m)の姿から「丈六(じょうろく)の阿弥陀」とも呼ばれ、その姿を見ることができた人には、幸福が訪れるとのこと。

f:id:tabicafe:20200825104255j:plain
f:id:tabicafe:20200825104306j:plain
宝珠山立石寺 弥陀洞
弥陀堂の巨石を見上げ、弥陀洞の岩阿弥陀を仰げば、まさに山寺にいることを実感!

宝珠山立石寺 仁王門

江戸時代後期、寛永元年(一八四八年)に再建されたけやき材の優美な門で、左右に安置された仁王像は平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した仏師、運慶の弟子たちの作と云われております。

運慶の弟子たちが、こんな所でも活躍していたんですね。「運慶・快慶」を中心に書いた仏像の記事です「静かなブーム 仏像 - 旅cafe」参考まで…。

f:id:tabicafe:20200825105827j:plain
f:id:tabicafe:20200825105836j:plain
仁王門・仁王像

宝珠山立石寺 開山堂

立石寺(りっしゃくじ)を開祖したと伝えられる円仁(えんにん=慈覚大師)を祀る廟所が、開山堂。

現存する建物は嘉永4年(1851年)の再建で、堂内には大師の木造の座像が安置されています。比叡山延暦寺滋賀県)から移され、分火された、不滅の常香が焚かれています。奥の院まで徒歩15分。

f:id:tabicafe:20200825114116j:plain

宝珠山立石寺 開山堂

宝珠山立石寺 五大堂
五大明王を祀って天下泰平を祈る道場で、堂の舞台からの眺めは素晴らしく、山寺随一の展望台です。シンプルな建築構造ではあるが、断崖絶壁からせり出して建っており、夏季の夜間ライトアップの際には、外側から観る五大堂も幻想的な景色となっています。

f:id:tabicafe:20200825114346j:plain

宝珠山立石寺 五大堂

宝珠山立石寺 奥の院

奥の院は通称で、正しくは「如法堂」といいます。慈覚大師が中国で持ち歩いていたとされる釈迦如来多宝如来の両尊を御本尊とする如法堂は、参道の終点にあるので「奥之院」と呼ばれています。

この道場で慈覚大師が初められた石墨草筆・一字三礼の如法写経行が護られています。また如法堂左側の大仏殿には、像高5メートルの金色の阿弥陀如来が安置され、宗派を問わず供養に数多くの人が訪れます。 海抜-417m

f:id:tabicafe:20200825114938j:plain

宝珠山立石寺 奥の院

宝珠山立石寺 利用案内

拝観料:300円
駐車場:有り(無料)
立石寺には、無料駐車場がありますが10台しか止められません。停められなかった場合は、根本中堂脇駐車場(500円)に停めましょう。

所在地:山形県山形市大字山寺4456-1

管理人の独り言

旅を楽しむための大きな要素として松尾芭蕉を知る事が挙げられます。芭蕉は日本各地に出没していまして、その都度、句を詠んでいるんです。

二宮金次郎を除いて日本で一番多く銅像、石碑が建てられているのは、坂本龍馬で、…なんと二番目に多いのが松尾芭蕉と言われています。それほど芭蕉は、日本各地に立寄ったという事です。

ときに芭蕉46歳。
徳川幕府が繁栄を極めた元禄時代に、俳人松尾芭蕉は江戸深川を旅立ち、奥州、北陸道を巡った旅行記です。

全行程約600里(2400キロメートル)、日数約150日間で東北・北陸を巡って江戸に帰った。

この旅の途中に立ち寄ったのが…この山寺、宝珠山立石寺だったんです。

芭蕉は、人に勧められて『立石寺』(山寺)という寺院を訪れます。ここで芭蕉は新しい世界観を掴む事になります。

芭蕉曾良がこの寺を訪れたのは5月27日、山全体が一つのお寺、山の中に御堂が配置されています。寺の奥まで行くには1000段の石段を登らなければなりません。蟬の鳴き声が山の中に響いています。

そして芭蕉の代表作が誕生するのです。

閑さや
岩にしみ入
蟬の声 

雄大な風景の前に自然の大きさを感じた芭蕉でした。

 

次は、松尾芭蕉の「奥の細道」を書いた記事です…
NHK 100分de名著 松尾芭蕉『奥の細道』 - 旅cafe
芭蕉を知る事によって間違いなく旅の奥行きを深めることが出来ます。

 

 

 

当ブログお奨め記事

www.tabi.cafe