
宝登山神社(寳登山神社)
宝登山神社(ほどさんじんじゃ)は、三峯神社、秩父神社とともに秩父三社の一つです。ミシュランガイドで一つ星を獲得していまして、年間100万人が訪れる秩父でも指折りの古社として親しまれています。
宝登山神社は1900年前、古代の伝説的な英雄、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が創建した神社です。


参道を奥まで進むと二の鳥居があり、奥の階段を上ると本殿があります。
御祭神
神日本磐余彦尊(かんやまといわれひこのみこと)
大山祇神(おおやまづみのかみ)
火産霊神(ほむすびのかみ)
神日本磐余彦尊は、日本の初代天皇、神武天皇の事です。
九州の日向の国で兵を起こし瀬戸内海を経て河内、そして紀伊に迂回をし熊野、艱難辛苦の旅の末ついに中洲の大和に入り、橿原の地にて天皇に即位しました。
神武東征について書いた記事です…
「神武東征 - 旅cafe」
…参考まで。

『神武天皇東征之図』(部分)1891年(明治24年)安達吟光画
大山祇神は、天孫降臨された瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)のお妃である木花咲耶姫(コノハナサクヤビメ)の父親になります。
日本の代表的な山の神で酒造りの神としても信仰されています。山に関係する神社は、大山祇神が祀られていることが多いようです。
ホは火を表し、ムスビは物を生成する神秘の力を表し、燃え盛る炎が人の生活に必要な様々なものを生み出しして無限の幸を授けて下さると共に、火を司って下さる。
宝登山神社 創建
西暦110年、今からおよそ1900年前、第12代景行天皇の御代、皇子日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の帰途、山容の美しさに惹かれ、ミソギの後に山頂を目指します。
途中山火事に遭遇しますが神犬の神助を得て、無事に宝登山山頂に於いて神霊を祀られた事が当社創建の始めとつたえられています。
日本武尊の東方征伐について書いた記事です…
「秩父三社と日本武尊(ヤマトタケルノミコト) - 旅cafe」
…参考まで。

第12代景行天皇皇子で、第14代仲哀天皇の父にあたる。熊襲征討・東国征討を行ったとされる日本古代史上の伝説的英雄。
宝登山神社 境内案内
宝登山神社というのは、沢山の神様に出会える神社なんです。つまり…”沢山の御利益がある”…ってこのなんです。
本殿の左側にある「藤谷淵神社(ふじやぶちじんじゃ)」には、8柱もの神様が祀られているんです。これは明治時代まで、藤谷淵村(現在の長瀞町長瀞)の各所にあった8社の神社を、この地に遷座してお祀りしたためです。
それと秩父鉄道「長瀞駅」から500m、真っ直ぐのびる宝登山参道1本でわかりやすく。境内は、非常にコンパクトにまとまっていまして歩き回る必要が無い神社です。
ひとつ離れた宝登山山頂の奥宮には、ロープウェイで登ることが出来ますし、効率的に境内を見て回れる神社と言えるでしょう。
それでは境内の案内をしてゆきます。

宝登山神社 宝登山参詣道
大鳥居
最寄り駅は長瀞駅で、駅から歩いて約10分程度です。駅から歩いて行くと、宝登山参道への入り口に大鳥居があり、桜の季節はきれいな桜並木の下を歩くことができます。

阿佐美冷蔵寶登山道店
宝登山参道には有名な天然かき氷の阿佐美冷蔵寶登山道店もあります。シンプルで落ち着いた雰囲気の、行列ができる人気の甘味処です。

宝登山神社 本殿
こちらが宝登山神社の本殿、とても立派、豪華です。実はとっても苦労して造られたらしい。
この本殿は、激動の時代(明治維新)経済も不安定な時代になんとか費用を捻出し、費用の可能な範囲で、できるだけ豪華に見せようと工夫をこらして造られまして、色彩に関しては、平成になってから施されたものだそうです。
そんな苦しい時代に造られたとは思えないほど本殿の装飾はとっても豊かで様々な彫刻が施されています。

本殿に刻まれた彫刻は、中国の古いお話しです。
剡子のお話
剡子(ぜんし)には、眼を患った親がいました。当時、目を治すには鹿の乳が薬になると言われており、両親は子供の剡子に「取ってきて欲しい」と頼みます。
乳を取るためには、おびえさせないように鹿に近づく必要があります。そこで、考えた剡子は鹿の皮をまとい、群れに入っていきました。
「ようしうまくいくぞ!」と思ったのもつかの間、そこに猟師がやってきます。あわや剡子を矢で射ようとしましたが、猟師に狙われていると気づいた剡子が「本物の鹿じゃないですよ。親がかくかくしかじかで目が悪いので、乳を取りにきました」と説明し、猟師を納得させ、無事乳を手に入れることができた。という親孝行のお話です。

楊香のお話
楊香(ようこう)がお父さんと山に行くと、目の前に虎が現れます。2人に虎が襲い掛かろうとしたとき、楊香が「どうか私を食べてください。その代わり、父を助けてください!」とわが身を犠牲にしてお父さんを助けようとしました。虎はその崇高な精神にひれふし、逃げて行ったというお話です。

張良のお話
ある日、張良(ちょうりょう)の前にボロを着た老人が現れます。老人は自分の靴をポイっと放り投げると、「おい、お前取って来い」と命じました。さすがに張良はイラッとしましたが、相手は年配の人なのでぐっと堪えて靴を取ってきました。
すると老人はさらに傲慢に「履かせろ」と言って足を張良の前に差し出します。「変な人に絡まれたな~」と思いながらも、この老人につきあってやるか・・・というおおらかな気持ちで対応することにしました。
すると、その老人が張良に貴重な兵法書を渡してドロンと消えてしまいます。そして張良は後に優秀な軍師となりました。

藤谷淵神社(ふじやぶちじんじゃ)
宝登山神社は、本堂のすぐ左側に神社がまとまっています。
その中でも、藤谷淵神社には、沢山の神様が祀られています。
伊勢大神(天照大神/あまてらすおおかみ・豊受大神/とようけのおおかみ)
八坂大神(素戔嗚命/すさのおのみこと)
野栗大神(野栗大神/のぐりのおおかみ)
諏訪大神(建御名方神/たけみなかたのかみ)
琴平大神(大国主命/おおくにぬしのみこと)
熊野大神(伊弉冉命/いざなぎのみこと)
榛名大神(埴山毘売命/はにやまひめのみこと)
竃三柱大神/かまどみはしらのおおかみ(奥津比古命/おくつひこのみこと・奥津比売命/おくつひめのみこと・火産霊命/ほむすびのみこと)
明治時代まで、藤谷淵村(現在の長瀞町長瀞)の各所にあった8社の神社を、この地に遷座してお祀りしたためです。
本殿のすぐ左ですので是非立寄って頂きたい。

招魂社(しょうこんしゃ)
藤谷淵神社の手前、すぐ隣です。
明治・大正・昭和の戦役に応召し、国のために尊い命を捧げた長瀞町出身の人々がまつられています。春秋の彼岸には、戦歿者の功績を顕彰し、慰霊祭が行われます。
お国のために命を落とした先人たちを祀った社です。
こちらにも必ず立寄り、手を合わせましょう。

宝玉稲荷神社(ほうぎょくいなりじんじゃ)
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)を祀るお宮です。稲荷信仰でよく祀られるのがこの神様。神徳は五穀豊穣を司り、「お稲荷さん」で有名な伏見稲荷大社や豊川稲荷もこの神様が祀られています。
そもそも稲荷とは、読んで字の如く「稲」関係の神様です。つまりは食べ物との関係が深いということ。古代の日本では「食」は「うけ・うか」と読み、食繋がりで、稲荷神社に祀られるようになったと言われています。

日本武尊社(やまとたけるのみことしゃ)
ヤマトタケルは神話の中で、日本を津々浦々戦い歩き、その土地の神々と戦って、次々に服従させてきた戦いの神様です。そのヤマトタケルが祀られています。

天満天神社
学問の神様である菅原道真公が祀られています。菅原道真は「天神さま」とも呼ばれていて、全国にある〇〇天神とつくところには菅原道真が祀られています。学問・受験合格の神様なので、人生の節目でお参りした人も多いのでは?
菅原道真は、もともと京で働いていた官僚です。いわれもない罪を被せられて、福岡に左遷されました。菅原道真はそんな恨みや無念を抱えて、福岡で亡くなりました。
菅原道真が亡くなったあと、もともと勤めていた京の職場では、異常気象や火災などが多発しました。そのうち京では菅原道真のタタリに違いない思う人々が増え、魂を鎮めるために神様として祀られたのが「天神さま」のはじまりです。
太宰府天満宮を書いた記事です…
「太宰府天満宮 - 旅cafe」
…参考まで。

宝登山神社 他にも…
神楽殿(かぐらでん)
秩父地方には6系統の神楽があり、宝登山神社は秩父神社系で、特徴は舞の多くが神話を基づく黙劇で、神代神楽とも呼ばれます。

水神社(すいじんじゃ)
神楽殿のすぐ脇です。宝登山から湧き出る水の神をおまつりしたお宮です。 常に神の水が流れ出ており、御神水として受ける参拝者も見られます。
秩父三社といわれるほどの神社がある山の湧水ですから、さぞかし清らかだろう、と思われます。
でも…看板が…。

まあ…御神水として神棚に上げてありがたくいただきましょう。

みそぎの泉(みそぎのいずみ)
日本武尊が東国平定の帰途、山ろくの泉で「みそぎ」をされ、ホド山に登られました。この泉は「玉の泉」とも称し、往時をしのぶよすがとしています。

相生の松(あいおいのまつ)
昭和天皇のご成婚を奉祝し、大正13年(1924)氏子の青年団が植えた黒松・赤松です。現在長瀞町指定の自然記念物で、樹木の傍らに「皇太子殿下ご成婚奉祝唱歌」碑が建っています。
昭和天皇香淳皇后のお仲睦まじく御長寿のお姿が偲ばれます。相共に寄り添う樹の姿から、また松の葉は枝を離れるまで共に一緒の姿から、「相共に長寿を願い、より良き縁が得られますよう」と願う御守あるいは相生の絵馬をお分かちいたします。

宝登山神社 奥宮(おくみや)
そして最後に紹介するのは、宝登山神社の核心部、”奥宮” です。
宝登山。
日本武尊が登った山です。
ここは行っておかないといけません。

宝登山ロープウェイ
奥宮は、宝登山の山頂近くにありまして、ロープウェイがあるので気軽に向かうことが出来ます。(登山道もありますよ)
標高497メートルの宝登山に架設されている宝登山ロープウェイは、 山麓駅から山頂駅までの全長832mを約5分間で結び、2台のゴンドラ(50名様乗り)が、山頂駅と山麓駅をつるべ式に往復する運転を行っています。
片道490円(往復830円)…平日は30分間隔、土日祝日は15分間隔で運行しています。
登りはロープウェイで下山は歩きで下界の街並みを眺めながら、ゆっくり宝登山の自然を楽しむのもいいと思います。

奥宮(おくみや)
今からおよそ1900年ほど前、第12代景行天皇の皇子、日本武尊とその軍勢が東国地方平定の折、宝登山にのぼって神霊を拝しました。
ここで物語がありまして…
日本武尊隊は、頂上へ向かって登り始めましたが、しばらくすると辺りの様子がおかしいことに気がつきます。
日本武尊:「なんか焦げ臭いぞ」
兵たち :「なんだ、なんだ…」
そうこうしている内に、黒い煙がどっと吹き寄せました。山火事です。

黒い煙は、あっという間に火の波に変わりました。
兵たち :「わー大変だ…こわいよー」
日本武尊:「慌てるな…周囲の草を薙ぎ払え!」
尊は兵をはげましながら、ご自分も剣を抜いて草をはらい、枝を切って猛火と戦いました。

けれども火の勢いは強くなるばかり。
一隊は火の渦に巻き込まれて脱出することができません。
尊のお命も危うくなりました。
兵たち :「もうダメだ…逃げられない…熱いよー」
日本武尊:「もはやこれまでか」
その時、突然現れたたくさんの白い影、黒い影。
影は風を切って、次々に猛火の中に飛び込んで行きます。
影のように見えたのは、大きな白犬、黒犬です。
犬たちは、荒れ狂う炎の中で火を消し止めようと大活躍です。
そのすさまじさ、ものすごさ、火の勢いは、見る見る衰えていきました。

すっかり火が消えました。
兵たち :「おお凄い…火が消えてる…犬さんありがとう」
日本武尊:「全員無事か…良かった」
犬たちの見事な働きに尊も兵も我を忘れて感嘆していますと、犬たちは二頭、三頭、また五頭と尊の前に集まって静かに歩き始めました。

さあどうぞ、頂上へご案内いたしましょうというように。
日本武尊:「よし皆の者、犬に続け」
兵たち :「おお!」

頂上へ着くと、いつのまにか犬の姿はどこにも見えません。
影のように現れた犬たちは、影のように消えていました。

日本武尊:「うむ、やはりあの犬たちは “山の神様のお使い” に違いない」
兵たち :「おお…ありがたいことだ」
尊は、神様に対し、心から御礼を申し上げました。

頂上からは悠々の天地が、広大、壮厳に眺められました。
尊はこの山を『火止山』ホドヤマと名づけられ、“神々をおまつりするのにふさわしい、お山” とされました。
宝登山神社 利用案内
拝観料:無料
駐車場:有り(無料)
所在地:埼玉県秩父郡長瀞町大字長瀞1828
引用サイト:「秩父 長瀞鎮座 寳登山神社(宝登山神社)」
管理人の独り言
宝登山神社で参拝をしてそのまま帰ってしなったら、あまりにももったいない。
長瀞の町に寄らなきゃダメ!!
こちらには、昭和を思わせるブリキのおもちゃ、射的場、観光地ならではのベタなお土産、おもちゃの刀、木刀などですね…それと、漬物、おせんべいも、美味しそうです…

あとは、イワナ、アユの塩焼き、豚の味噌漬け(秩父長瀞名物)、…それと、お奨めが、長瀞とガレです…ガレッドック190円、簡単に説明すると、みそ豚の腸詰を使ったホットドック…って感じです。…岩畳通り商店街をお楽しみください。
岩畳通り…岩畳なんです。
近いです。時間があっらら荒川まで行っていただきたい。
長瀞岩畳、荒川沿いの岩のことです。
形が独特、1924年には国指定の名勝・天然記念物に指定されました。
岩畳は荒川に沿って幅約50m、長さ約600m続いています。地質学的にとても珍しく、すぐ近くにある埼玉県立自然の博物館には「日本地質学発祥の地」の石碑もあります。
また、長瀞一帯は特殊な地形を間近に観察できることから「地球の窓」とも呼ばれます。
岩畳には ”ポットホール” という穴が開いています。甌穴(おうけつ)ポットホールです。…川底の岩の割れ目とかに入った小石が割れ目の中でコロコロ転がり、やがて割れ目を大きく深くし大きな穴にしていきます。…それが「甌穴」ポットホールです。



長瀞岩畳のポットホールは、6.7㎝~10㎝ぐらいのものが多いですね。でも大きなものは人が入ってしまうぐらい大きなものまで~(右端の写真は、岩畳よりチョット離れた北にあるポットホール、直径は約1.8m、深さ4.7mで日本一大きい「甌穴」ポットホールです。)
そして長瀞岩畳に夢中になって…ふと川を見ると「長瀞ライン下り」の船が通るんですよ…このライン下りが面白いんです。
ライン下りばかにできない…一度は乗らなきゃいけない物…それが長瀞ライン下りです。

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