旅cafe

旅行会社の元社員が書く旅日記です…観光情報、現地の楽しみ方、穴場スポットなどを紹介します。…当ブログ記事は転載OK…リンクを貼っていただけるなら遠慮なくお好きにお使いください。

伊勢神宮

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まずは伊勢神宮の成立ちです

伊勢神宮のご祭神は天照大神。…御皇室の祖先神で、天上から全てを照らす太陽の神様です。

古事記日本書紀によりますと遥か昔、今の奈良盆地にいた天照大神は、よりいごごちの良い場所を求めて旅に出たといいます。

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案内役を務めたのは、猿田彦という伊勢の神様、天照大神は海から朝日が上り、豊かな海の幸に恵まれた伊勢を大いに気に入り、ここに住むことに決めたのです。

 

外宮の役割

伊勢神宮は、内宮(ないくう)と外宮(げくう)に分かれていまして天照大神は内宮にいます。外宮は何かといいますと、天照大御神のお食事を作っていまして、産業の守り神である豊受大御神(とようけのおおみかみ)お祀りしています。

外宮には御饌殿(みけでん)があり、ここは天照大神が食事をする場所、食堂です。現在でも毎日、天照大御神がお食事に来られます。

外宮では1年365日、昔ながらのやり方で聖なる火を起こし、食事が作られています。

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そして朝夕2回、御饌殿に運ばれ、内宮から食事に訪れる、アマテラスに奉られるのです。つまり天照大神の食事をお世話するのが外宮の豊受大神なのです。

4世紀に奈良盆地で勃興した大和政権は、次第に東へと進出、伊勢を勢力下に治めます。この時、自らの神・天照大神を祭る内宮を作りますが、伊勢の豪族たちの神様も滅ぼす事無く、外宮に祭り、食事を作るという役割を与える事によって神々の共存を目指したのです。

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伊勢神宮では地元で信仰されてきた
様々な神様にも役割が与えられています

・塩を捧げる神様、毎年、春秋の2回、太古からの製法で塩が作られ奉納されます。

・大陸から織物技術を伝えた神様を祭っています。古代から変わらぬ手織りの技で絹が織られます。

内宮、外宮、 の他に14所の別宮、43所の摂社、24所の末社、42所の所管社があります。これら125の宮社全てをふくめて神宮といいます。(伊勢神宮ではなく「神宮」が正式名称) それぞれの役割が与えられて伊勢神宮の回りに存在しています。

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正宮(しょうぐう)
天照大御神をおまつりする皇大神宮(内宮)と、豊受大御神をおまつりする豊受大神宮(外宮)のこと。

別宮(べつぐう)
正宮の「わけみや」の意味で、正宮と関わりの深い神をまつる格の高いお宮である。皇大神宮に10所、豊受大神宮に4所の別宮があり、神宮式年遷宮も御正宮につづいて斎行される。

摂社(せっしゃ)
延喜式神名帳(927年)に所載されている神社。皇大神宮に27社、豊受大神宮に16社の摂社がある。

末社(まっしゃ)
延喜式神名帳には載せられていないが、延暦儀式帳(804年)に記載されている神社で皇大神宮に16社、豊受大神宮に8社の末社がある。 

所管社(しょかんしゃ)
御正宮や別宮に直接かかわりがあり、井戸や酒、米、塩、麻、絹など衣食住をつかさどる神々が多く祭られており、皇大神宮に30社、豊受大神宮に4社、別宮の瀧原宮に3社・伊雑宮に5社の所管社がある。

 

最近では摂社、末社を訪ね歩く人も増えています。(実際に旅行会社によるツアーもあるようです)

日本最古の社の一つ、伊勢神宮、それは天照大神を中心に多くの神々が家族のように共存する日本ならではの信仰を感じる事ができる聖地なのです。

  

伊勢神 内宮と外宮の位置関係

内宮は約2000年、外宮は約1500年の歴史があります。二つの宮は距離にしてクルマで10分ほどです。

参拝は外宮、内宮の順で行います。これは伊勢神宮のお祭りが外宮、内宮の順で行う事に準じています。

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それでは
伊勢神宮の案内に入ります

伊勢神宮の敷地は、甲子園球場の1400倍という広大なもの、清らかな川と深い森、そして柔らかな山並み、それ全てが神宮の聖域です。…中でもとりわけ重要とされているのが内宮です。

内宮、地図の説明です。
赤枠宇治橋鳥居」「青枠五十鈴川」「黄枠:滝祭神」「黒枠:子安神社」「緑枠外幣殿」「ピンク枠:正殿」

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宇治橋鳥居から天照大御神を祭る正殿までおよそ1キロ、小さなお社を参拝しつつ進んで行きます。

五十鈴川:境内を流れるのは、古来より清流として和歌にも多く歌われてきた五十鈴川、参拝の前に川の流れで手を清めるのが、古くからのならわし、川で手をあらいましょう。

滝祭神:川の畔の社、五十鈴川の神を祀ったもの社殿はなく、石を神として祭る太古の信仰の形を残しています。

子安神社:子宝の神様、赤ちゃんへの願いを込めて小さな鳥居が奉納されています。

外幣殿:古い宝物などを収める倉、式年遷宮に使われる備品などが納められています。

巨木:杉、楠木などの樹齢500年を超える大木がそびえ、厳かな気持ちにいざなってくれます。

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正殿:この階段の上が天照大神を祀る聖域中の聖域、カメラの撮影はここまでです。お参りはこの階段の上でできます。

天照大神の住まいとして建てられた伊勢神宮、社は幾重にも垣根に囲まれ、参拝者の目にさらされる事のない聖域となっています。

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天照大神を参拝してお伊勢参りを終えたと思ってはいけません。…天照大神が祭られているのは内宮、そこから5キロ離れた所にもう一つの御本宮・外宮があります。

江戸時代の旅日記には、「外宮を参拝してから内宮に向う」とあります。つまり両方参拝して、お伊勢参り伊勢神宮を参拝した事になるのです。(外宮から先に参拝です

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江戸時代の賑わいを再現した門前町
おかげ横丁

伊勢神宮、内宮の入口、宇治橋鳥居から延びる通り、おはらい町通りの一角に江戸時代の賑わいを再現した  おかげ横丁 があるんです。ここが無茶苦茶…楽しい。

 

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江戸時代の人も伊勢神宮を参拝した後、ここで楽しんだと思うと歴史好きの管理人としては、感慨深いものがあります。

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食べ歩きにはもってこい。…団子、ぜんざい、赤福、コロッケ、焼き牡蠣、サザエのつぼ焼き、松坂牛の串焼き、伊勢うどん。…目一杯、お腹を空かせて突入してください。

 

 

管理人の独り言 小ネタを一つ

江戸時代、一大ブームを巻き起こした伊勢神宮への旅
多い時は6人に一人が訪れたと言われる伊勢参拝。魅力の一つ ”なんと旅費が タダ!?”。

江戸時代に庶民が自由に旅をする事は原則禁止、住んでる村を離れる事はご法度でした。幕府は関所を設け人々の移動を厳しく制限しました。

しかし例外が「巡礼目的の旅」です。
寺や神社への巡礼の旅なら特別に認められたのです。この巡礼の旅でダントツに人気だったのが伊勢神宮、豊作や国の平和をもたらす「五穀豊穣・天下泰平」の神様をまつり厚い信仰を集めていました。

伊勢神宮が人気だった大きな要因がもう一つ ”ひしゃく” です。伊勢神宮への旅人は皆、ひしゃくを持っていました。

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ひしゃくを持っていると沿道の人達が、路銀や食べ物などを援助してくれるのです。つまり「自分の分まで祈ってきてほしい」というわけです。移動の為の籠や船までもタダで利用できたそうです。

「お伊勢様のご威光恐るべし」って感じです。

日本人の旅行好きの原点は、素朴な信仰と密接に結びついていたんですね。

 

 

 

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