NHKスペシャル ヒューマン HUMAN 第2集
なぜ人間になれたか グレートジャーニーの果てに
人類20万年の進化を探るシリーズ、今回のテーマはグレートジャーニーという壮大な旅です。…アフリカで生まれた私たちの祖先は、6万年前に故郷を離れ、世界中に広がって行きました。
そのスピードは驚異的、交通機関もない時代に僅か5万年で南極を除く、全ての大陸に広がって行ったのです。…それは厳しい寒さが襲う、氷期の真っただ中でした…世界が凍りついて行く中、強力なライバルたちも次々と立ちはだかります。
生きのびる為、祖先たちが作り出したのが ”飛び道具”という画期的な道具でした。…グレートジャーニー、この旅の間に私たちの祖先は、いったいどんな飛躍を遂げるのでしょうか。
グレートジャーニーの理由
人類驚異の繁殖力
6万年前にアフリカを脱出した祖先、でもなぜ故郷を離れたのでしょうか…実は、私たち人間が抱えるある宿命があったのです。
それは、チョット意外に聞こえるかもしれませんが、私たち人間は、特別数が増えやすい生き物だという事です。
元々、人間も含む霊長類というグループは、数があまり増えません…出産間隔が長いためです。
霊長類の出産間隔
オランウータン 8年
ゴリラ 4年
チンパンジー 5年
その間、母親は子どもにつきっきりで母乳を与え続けます…原因はそれ、母乳を与えている間は次の妊娠は抑えられるのです。
それに対し、私たちは、いざとなれば次々と子どもを産む事が出来ます。…なぜか…イモや木の実などを柔らかくしたスープなど離乳食を作った…祖先たちは、様々な工夫で離乳を早め、次の出産が出来るようにしたのです。
出産間隔は短くなり、子どもの数が増えやすくなりました…人間は、食糧が確保できたら数が増えるという宿命があるのです。…すると当然、新しい生息場所を探さなければなりません…祖先たちがアフリカを出た原因の一つです。
アフリカを出た祖先たち…しかし、そうやすやすと先に進む事は出来ません…その原因は大きな気候変動でした。…数万年ごとに地球を襲う氷期、地球の平均気温は6度も低下、アフリカという熱帯で生まれた祖先たちには、とんでもなく厳しい世界だったのです。
北上を阻むライバル
ネアンデルタール人
しかも行く手を阻んだのは、それだけではありません…氷期の訪れとともに北に住んでいた生き物が一斉に南へと移動を始めました。…その中に祖先たちの強力なライバルが現れたのです。…ネアンデルタール人です。
人類は、チンパンジーと別れてから更にいくつかの種に分かれて進化してきました…ネアンデルタール人はその一つ、50万年前、私たちホモサピエンスと最後に枝分かれしました。
一見よく似た姿、でも大きな違いがありました…それは体の頑丈さ、成人すると誰もが分厚い筋肉を持つレスラーのような体になったのです。…長さ3mにもなる重い槍を武器に大型の牛や鹿を一撃で仕留める並はずれた力を持っていました。
男も女も優秀なハンターで子どもでも5歳になれば親と一緒に狩りをしていたのです…知能も人間と大きな差はなく、作る石器は私たちの祖先の物と瓜二つです。
それもそのはず脳の大きさも
ホモ・サピエンス1350ml
ネアンデルタール人1400ml
ほとんど変わらなかったのです。
体が頑丈で寒さに強いネアンデルタール人は、ヨーロッパを中心に広がっていました。…しかし、寒さの結果、祖先たちがいたイスラエル・カルメル山周辺まで南下してきたのです。
ホモ・サピエンス
繁栄を決めた武器、飛び道具
ここで登場するのが一本の棒です…私たちの運命を変えた特別な道具です。…下記画像は現在まで伝わる最古のもの…長さは30センチほど…いったい何に使うのか…。
ネアンデルタール人に対して体が小さく、非力な私たちの祖先は、飛び道具を発明したのです…槍を投げるための武器、投擲具です。…使い方は、先端の切り込みに投げる槍を固定します…そのまま腕を振れば勢いよく飛び出します。
上級者になると飛距離は100m以上、この画期的な道具によって祖先たちは、数や種類の多いウサギなど小型の動物たちを狙えるようになったのです。
アメリカ・ストーニーブルック大学(考古学) ジョン・シェイ博士
「屈強なネアンデルタール人は、数の増減が激しい大型動物ばかり獲っていましたが、私たちの祖先は、投擲具で遠くから狙う事によって獲物の種類をぐっと増やしました…鹿がいなくなっても困りません…次はウサギを狙えばいいのです…つまり食糧を安定して確保できるようになったのです…この道具こそ人類成功のカギでした」
投擲具が頻繁に使われるようになると祖先たちは、ネアンデルタール人を押し戻すように北上して行きました。…そしてヨーロッパでこの先、1万年に渡って生存競争を繰り広げるのです。
一方、グレートジャーニーで東に向かった集団は、アジアやオーストラリアへと広がって行きました…投擲具は、なんとその先々で見つかっています。…この道具が新天地で生きる大きな支えとなったのです。
たった一つの道具が未来を切り開く、それが私たち祖先の旅立ちでした。
社会を変えた投擲具
秩序ある強固な組織へ
世界中に広がった祖先、投擲具により無敵の力を手に入れた祖先、更に重要な変化が起こります…その変化を知ることの出来る絵があります。
オーストラリア先住民、アボリジニが敬う聖なる山に描かれたロックアートです…描かれているのは人間、手にしているのはウーメラ(投擲具)、棘のついた槍です。
ウーメラ(投擲具)を向けられているのは人間です。…投擲具は狩りの道具だけではなく、仲間にも向けられるものになっていたのです。
実は、このウーメラの使い方、現代のアボリジニにも伝えられています。
アボリジニ:「とげのついた槍、これは制裁用の槍です…掟を破ったり、罪を犯したりした者がいたらみんなの見ている前で制裁を与えるのです。最初は踵、2度目の罪は太もも、3度目の罪は胸、4度目はありません」
そして投擲具が人類に大きな変革を生みます…グレートジャーニーの終盤(1万4000年前)、祖先たちはアメリカ大陸にやって来ます。
町の中に円形状の森、ホープウェル(希望の泉)と呼ばれる遺跡です…アメリカ中西部に広く分布しています…アメリカ先住民の集会場でした。
人々は、それぞれの居住地からここに集まり、大きな集会を開いていました…余ったものを持ち寄って必要なものと交換したり、情報を教え合いました。
集会は、年に数回、人数は数千人、…それまでの祖先たちは100人程度の集まりしか持たなかったといいます。…なぜこれだけ大きな集まりが開かれるようになったのか…その原動力が投擲具だったのです。
大勢の人が集まる、ましてや違う集団同士、当然、いざこざが起きます…広場を監視し秩序を保つ必要が出てくるのです…その強制力の裏付けが投擲具だったのです。
こうして投擲具を威嚇の道具として使い始めてから人類は、より大きな規模で社会的な協力を維持できるようになったのです。
それは、生物の常識を打ち破る大きな飛躍でした。
人間を含む集団で生きる霊長類には、ある法則があります…霊長類は種類によって集団の数が決まります。
テナガザル15匹
ゴリラ35匹
チンパンジー65匹
この集団のサイズが脳の大きさに左右されるのです…脳の中で知覚や記憶を司る大脳新皮質、その大脳新皮質が小さい順に並べてみると綺麗な上昇曲線を描きます。
この法則に従えば、私たち人間の集団の大きさは、150人になります…不思議な事にこの150という数、現在も祖先と同じように狩猟採集をしている集団の大きさと重なります。
一緒に儀式などを行う緊密なネットワークの平均的な人数を調べた調査では、153人だったのです。
脳の大きさだけを見れば、人間の作る事のできるネットワークは150人程度、それ以上の人数が集まれば様々なトラブルが発生します…そこで祖先たちは、飛び道具の投擲具で秩序を強化し、大規模な集まりを守るようになったのです。
この事は、人間を人間たらしめる基盤となったのです。
ライバル
ネアンデルタール人との決着
ロンドン自然史博物館のクリストファー・ストリンガー博士は、集団のネットワークの大きさこそ、私たちホモ・サピエンス最大の強みだといいます。…祖先の強力なライバルだったネアンデルタール人と比べるとよくわかります。
4万2000年前、ヨーロッパへと進出したホモ・サピエンスは、そこでネアンデルタール人と勢力を競い合っていました。
ロンドン自然史博物館(古人類学)クリストファー・ストリンガー博士
「ネアンデルタール人は、それぞれの集団で孤立していて、他の集団との交流も無かったことがわかっています。対してホモ・サピエンスは大きな集団のネットワークを持っていました…「ネットワークが大きくなれば、問題に取り組む人の数が増え、新しいアイデアが次々と出てくるのです」
ネアンデルタール人と祖先は、元々同じ石器を作り、技術力に違いはありませんでした。
しかし、グレートジャーニのさ中、ホモ・サピエンスは新たな技術を様々な道具を作り出して行きました。上記下の画像は、石刃と言われる石器、槍の先に付けたり、ナイフとして使われていました。
動物の骨で作った縫い針まで…石刃も縫い針もネアンデルタール人は作らなかった道具です。…一方、ネアンデルタール人の技術は、変わる事はありませんでした。
ロンドン自然史博物館(古人類学)クリストファー・ストリンガー博士
「大きなネットワークの力が発揮されるのは、氷期のように大きな気候変動に見舞われた場合でした…多くのアイデアが出る数の勝負だったのです」
当時のヨーロッパは、氷期の中でも最も厳しい寒さを迎えようとしていました…しかし、祖先たちは道具を作り出す事でこの過酷な環境を乗り越えたのです。
一方、寒さに強いはずのネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスの集団に追われるように数を減らしてゆきます…直接の戦闘があったかは、わかっていません…しかし、その姿を消してしまいました。
こうして私たちホモサピエンスは、地球上で唯一の人類として現在に至る繁栄の基礎をつくったのです。
グレートジャーニー
その行きついた先は…
飛び道具の使い方は、その後次第に変わってゆきます…スペイン東部のバレンシア地方、一つの岩絵があります。
描かれているのは、大勢の人間が二手に分かれ、対決している様子です…皆、手には弓を持っています。
集団同士の争いの姿…飛び道具はここで集団のためでも、秩序を守るためでもなく、互いを激しく傷つけあう道具として描かれていたのです。
絵は、今から9000年前のもの…南極を除けば、私たちの祖先にこれ以上、広がる場所は無くなっていました。
争いを避けようにも移動すべきフロンティアのない時代が始まっていたのです。
グレートジャーニーの果て
人類の進むべき道とは…
実は、私たちには争いをエスカレートさせてしまう仕組みがある…イギリスで行われたある実験、映像を見てもらいその時の脳の活動を調べる。
見てもらうのは…
”男が女性に激しく平手打ちされる”…他人が叩かれているのを見て活発に働いたのは島皮質(とうひしつ)、不快なものを見た時に反応する場所だ。
私たちの脳には、他人の痛みを不快に感じる仕組みがある。…ところが映像を見せる前にある事をささやくと脳の反応がガラリと変わる。
そのセリフとは、…「この男の人は彼女にひどい事をしたんです」…すると島皮質の代わりに側座核という場所が働いた…。
イギリス ウェルカム・トラスト脳神経画像化研究センター ベン・シーモア博士
「側座核は人が快楽を快楽を得た場合に活動する場所です。人間はその人が悪い人だとわかれば、相手が痛みを受けていても同情せず、逆に天罰だと思って快感を覚えるのです」
同じ映像を見てここまで変わる…いったいなぜ、こんな仕組みがあるのか…。
イギリス ウェルカム・トラスト脳神経画像化研究センター ベン・シーモア博士
「それは、私たちが集団で生きてきたからです。同じ集団の顔なじみの相手に罰を与えるのは、誰でも躊躇します。だからあえて快感を覚える仕組みが必要になったのです…躊躇せずきちんと罰を与える事で協力し合う社会が守られるのです」
つまり、この仕組みは
仲間同士で生きてきた故のもの
それがあだとなり
争いを激しいものにしてしまう
争いをエスカレートさせない
方法とは、…
他人を罰する事に
快感すら感じてしまう心がある事に
私たちが気づく事かも知れない
それは、不可能なんだろうか
いや…そうではないだろう
人間とは、遥かな道のりを越え、新しい世界を目指してきた生き物なのだから…。