神話の地、宮崎に鎮座する
海岸断崖の洞窟にある神社「鵜戸神宮」
鵜戸神宮、創建は2100年前で本殿は300年前に建てられています。
鵜戸神宮、神宮、…神宮なんです。
〇〇神社、神社は沢山あります。全国で12万社。でも、”神宮” は、簡単に名乗れるわけではないんです。そもそも『神宮』とは、かつては天皇や皇室の御祖先神や大和平定に功績がある神様を祀っている神社のみが名乗ることを許された社号であり、今でも格式が高い神社がその名を名乗れるんです。
代表的な神宮といいますと日本で一番格式の高い神社、皇室の先祖神、最高神である天照大神を祀っている ”伊勢神宮” があげられます。
日本全国で神宮を名乗れる神社は33社。その内の一社が ”鵜戸神宮” なんです。
主祭神
日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊
日本の神様ってどうしてこんなに、お名前が長いのかって思うんですけど…その代表格が、鵜戸神社の御祭神「日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)」です。
日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊(以下:御祭神)がどういう神様かといいますと、皇室、初代天皇、神武天皇の父親なんです。
主祭神を古事記の有名どころのポイントで説明すると…
・天照大神(皇室の祖先神であり、最高神)
・瓊瓊杵尊(ニニギノミコト:天孫降臨された天照の孫)
・彦火火出見尊(「海幸彦・山幸彦」のお話しの山幸彦でニニギノミコトの子)
・神武天皇(初代天皇)
…の3柱の神と神武天皇と関りがありまして…
・天照大神の夜叉孫
・瓊瓊杵尊の孫
・彦火火出見尊の子
・神武天皇の父
…が鵜戸神宮の御祭神となります。
「海幸彦、山幸彦」のお話し
地上を支配するためアマテラスの孫・ニニギノミコトが降り立ったのは、日本列島の南・日向の国。(天孫降臨)
沢山のお供を従えは、ニニギノミコトは高天原から日向・高千穂峰に下りてきました。地上に降りたニニギは、たいそう美しいコノハナノサクヤビメ(木花咲耶姫)と出合います。
妻にしたいと申し出るとなぜか姉のイワナガヒメ(石長比売)も一緒に嫁いできてしまいました。…岩のように醜い姫にニニギは驚き恐れ、姉だけを送り返してしまします。
すると二人の父である山の神は、娘二人を差し上げたのは大切な意味があったのにと怒りました。
古代は一夫多妻制。不細工な姉さんを帰してしまう…
姉=岩石=永遠=岩は不滅、醜いが永遠性を持っている
妹=木の花=美=綺麗に咲くがすぐに散ってしまう、儚さ、短命
…だからニニギには寿命があり、ニニギから人間になったんです。
ニニギとコノハナノサクヤビメは夫婦となり、間もなく懐妊します。
しかし一度の契りで身ごもった妻にニニギは「本当に私の子か」と疑ったのです。あらぬ疑いをかけられた姫は、悲しみ、身の潔白を証明するために産屋に火を放って子を生みました。
もし神様の子でなければ生まれてくる事はないであろうと…この時、無事に生まれた子供が、海幸彦、山幸彦です。
兄・海幸彦は海で魚を獲り
弟・山幸彦は山で獣を獲る
ある日、山幸彦が兄にお互い道具を交換して獲物を捕ろうと持ちかけます。…しかし山幸彦は一匹の魚も釣れずに兄の大事な釣り針を無くしてしまいました。
山幸彦は自分の剣を溶かして500個もの釣り針を作るも兄・海幸彦は許してくれません。困り果てた山幸彦が浜で泣き悲しんでいると潮の神様が現れます。
海の神:「ワタツミの宮に行けば、良い方法を教えてくれるだろう」
そして竹で小さな籠船を作って山幸彦を乗せて海へと送りだしてくれました。…籠船に乗って潮の道をゆらゆらと行くと、やがてたどり着いた国はたいそう美しいところでした。竜宮城です。
山幸彦は愉快な日々を過ごします。海の神の娘・トヨタマビメ(豊玉毘売)を妻に迎え、気が付いたらすでに3年が経っていました。
しかしあるひここへ来た理由を思いだします。その話を聞いた海の神・ワタツミは山幸彦のために全ての魚を集め釣り針を探してくれました。
その上、兄に釣り針を返す時に唱える呪文も教えてくれたのです。日向に戻った山幸彦が言われたとおりに呪文を唱えると、それから海幸彦の竿にはすっかり魚がかからなくなり、暮らしにも困るようになりました。
とうとう兄・海幸彦は山幸彦の元へ行き、頭を地にこすりつけて…「これからは昼も夜もそなたのためにお遣い申そう…」 と誓ったそうだとさ。
長々と「海幸彦・山幸彦」の話をしたには、訳がありまして…
海幸彦(彦火火出見尊:ヒコホオリノミコト)と豊玉毘売(トヨタマビメ)の子が鵜戸神宮の主祭神です。このトヨタマヒメが主祭神を出産するために上陸し、子供を産んだところが、鵜戸神宮の本殿が立っている所なんです。
鵜戸神宮 駐車場案内
鵜戸神宮を参拝するに当たって、まず気を付けなきゃならないのが ”駐車場” です。
無料の駐車場が完備されていますが…
・鵜戸神宮第一駐車場
・鵜戸神宮第二駐車場
・観光バスも停められる駐車場
…3か所あるんです。
何も考えずに普通に走ると「観光バスも停められる駐車場」入ってしまいます。ここから神社入口鳥居までは、山坂、階段ありのアップダウンを歩いて15分かかります。(普通に歩いて15分、足腰の弱い方ですと厳しい坂です)
だから…上記画像の、この「観光バスも停められる駐車場」に来てしまったら、間違いです。引っ返して赤い鳥居のところを海側に曲がりましょう。
曲がるところは、↓ ↓ ここです。
・赤丸が間違って入った「観光バスも停められる駐車場」
・「黒⇐」の丁字路を海の方に入る(赤い鳥居が目印)
・そして青丸の「鵜戸神宮第一駐車場」を目指しましょう
「黒⇐」の丁字路を入ると誰しも不安になります…
「げ!…道、狭、細」
「いいのかしら」
「もしかして民家に入っちゃった?」
…って感じ。
でもそれで正解です。
しばらく走ると ↓ ↓ 鵜戸神宮第一駐車場が見えてきます。
鵜戸神宮第一駐車場が満車の場合は、手前の鵜戸神宮第二駐車場に停めましょう。
長々と駐車場の説明をしましたけど、普通に走ると皆さん「観光バス求められる駐車場」に入っちゃうんです。ここからですと鵜戸神宮入口鳥居まで山坂階段歩いて15分。
でも、鳥居前に「鵜戸神宮第一駐車場」がああるんです。
こちらに停めましょう。
鵜戸神宮 境内案内
山幸彦(彦火火出見尊)が、兄(海幸彦)の釣り針を探しに海宮(龍宮)に赴かれ、海神のむすめ豊玉姫命と深い契りを結ばれた。山幸彦が海宮から帰られた後、身重になられていた豊玉姫命は「天孫の御子を海原で生むことは出来ない」とこの鵜戸の地に参られた。霊窟に急いで産殿を造られていたが、鵜の羽で屋根を葺終わらないうちに御子(御祭神)はご誕生になった。故に、御名を「ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」(日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊)と申し上げる。
鵜戸神宮 神門・楼門
⑮神門が鵜戸神宮の入口に当たり、⑯楼門はその次に出てきます。どちらも鮮やかな朱色。なぜ朱色なのか?…理由があるようですよ…(笑)
鵜戸神宮 吾平山陵(あいらさんりょう)
⑮神門、⑯楼門をくぐるとすぐ左手に①五平山上陵入口があります。
古事記にある天孫降臨から神武天皇が誕生するまで…
・高千穂の峰に天孫ニニギイノミコトが降り立ち
・コノハナサクヤヒメと出会い、3人の御子が生まれる
・その3男山彦が海神の国で豊玉姫と出会い、ウガヤフキアエズ(主祭神)が生まれ
・そのウガヤフキアエズの子が神武天皇であるとされる
…この神武天皇の前、三代を ”神代三代” といいまして神代三御陵は天皇にしか使わない「陵(みささぎ)」という用語を使い全て宮内庁が管理しています。
五平山上陵(あいらのやまのうえのみささぎ、あいらさんりょう)、かなりの気合が必要ですが…興味のある方は、頑張って登ってください。
鵜戸神宮 御皇族方御参拝記録
⑬千鳥橋の手前左に御皇室の参拝記録を記した看板が立っています。
昭和48年:昭和天皇皇后両陛下
昭和54年:平成天皇皇后両陛下
…が御参拝されているようです。
鵜戸神宮 福注連縄
⑭の玉橋より先は、古来、清浄な地とされていたため、足を洗い、身を清めて参拝していました。その名残りで、全身を撫でて清め、罪・けがれを注連縄に移します。
参拝前に身体を清めるためのもの。けがれを祓(はら)うという意味から、より健康になって欲しい場所を撫でると体の悪いところを良くするご利益があるそう。
福注連縄100円
鵜戸神宮 山窟前の嚴岩
鵜戸神宮ちかくの海辺にはさまざまな形状の岩がならんでいるのです。
その総称が「山窟前の嚴岩」です。その形状や色彩は美しく、これらをつくりだした自然の力におどろきます。国内にも海外にも類をみない神聖な場所となっています。
風のつよい日には太平洋の荒波が岩にぶつかりはげしい波しぶきがあがる迫力の景色をたのしめます。
鵜戸神宮 本殿
さて、ここからがクライマックスですよ。
竜宮城から帰った山幸彦は、兄の海幸彦をこらしめて自分に忠誠を誓わせました。
しばらくすると竜宮城から、亀に乗って豊玉姫が現れます…
豊玉姫:「私、子を授かりました」
山幸彦:「何…よくやった」
豊玉姫:「実は、もう生まれそうなんです」
山幸彦:「なんだって」
豊玉姫:「高貴な貴方様の子を海原で生むわけにはいきませんので、やって来ました。つきましては、こちらの洞窟で産みたいと思います」
山幸彦:「わかった」
豊玉姫:「お願いがひとつございます」
山幸彦:「言って見なさい」
豊玉姫:「決して私のお産をしている姿を見てはいけません」
でました!
決まり文句!!
…しかし、海幸彦は見てしまうんです。
海幸彦が見た豊玉姫の姿は、とてつもなく大きなサメの姿でした。その巨大なサメが這い回り、身をくねらせているのです。海幸彦はその姿を見て恐怖し、一目散に逃げ出してしまいました・・・
…ひどい男だね!
本当の姿を見られたことにショックを受けた豊玉姫は、産んだ子をその場におき、海の世界に帰って行ってしまいました。
豊玉姫が生んだのが、鵜戸神宮の御祭神、「日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)」でした。
その後、豊玉姫は、養育係として妹の玉依姫(タマヨリビメ)を遣わしました。
後に、この時、生まれたご祭神フキアエズノミコトと玉依姫は結婚し、神武天皇をお生みになるんです。
そして現在、鵜戸神宮本殿の立っている場所が、豊玉姫がお産をした場所となっています。
お乳岩・お乳水
そして、その後、鵜戸神宮のある岩窟からはお乳色の水が滴るお乳岩が現れ、残された子供はその乳水をのみ成長したとのことで、実際のお乳岩は現在も社の裏にあり、水が滴っていました。
母君の豊玉姫が御子の育児のため、両乳房をご神窟にくっつけて行かれたと伝える「おちちいわ」は、いまもなお絶え間なく玉のような岩しみずを滴らせて、安産・育児を願う人々の信仰の拠り所となっている。
ご主祭神は、お乳岩から滴り落ちる水でつくった飴を母乳がわりに、お育ちになったといわれている。現在の「おちちあめ」も、お乳岩から滴るお乳水でつくられている。
鵜戸神宮 撫でうさぎ
鵜戸神宮の境内に入ると至る所にウサギがいます。鵜戸神宮の神使は「うさぎ」なんです。神使(しんし)は神の使いです。
稲荷神社だったら「キツネ」、天満宮なら「牛」ですとか、神使は、神ではなく、神の使いなんです。
”撫でうさぎ” 願をかけて撫でてみてください。
鵜戸神宮 亀岩
本殿でお参りしたあとには、ぜひ「運玉」を投げてみましょう。本殿前の崖下に主祭神の母である豊玉姫が出産のためにのってきたといわれる霊石、亀石があります。その岩の背中のくぼみに男性は左手、女性は右手で願いをこめながら運玉を投げ、うまく入れば願いがかなうといわれています。(12m離れています)投げ入れるのに夢中になりすぎて願い事を祈るのを忘れがちなのでご注意くださいね。
この亀、豊玉姫が乗って来たんですけど子供(ご祭神)を産んだら、すぐに海に飛び込んで帰ってしまったので亀は待ちぼうけ、しまいには石になってしまったんです。
運玉5個で100円
鵜戸千畳敷奇岩
鵜戸神第一駐車場にはいる少し前の海岸には、凄い光景が広がっています。
「鬼の洗濯岩」や「鬼の洗濯板」とも呼ばれ、波によって浸食された岩の絶景です。
約1000万年前から100万年前にかけて堆積した地層(新第三系宮崎層郡)で、砂岩と泥岩が交互に堆積してできている。この地層は10度から20度傾いていて日向灘に面しており、長い年月にわたって日向灘の激しい波浪や風雨にさらされ、浸食されて現在の姿となった。鵜戸千畳敷奇岩はその広さから県指定の文化財に指定されています。
鵜戸神宮 利用案内
拝観料:無料
駐車場:あり(無料)
所在地:宮崎県日南市大字宮浦3232
管理人の独り言
神社の鳥居はなぜ赤い?
日本古来の神様を祀っている神社にあるのが、鳥居。なぜ赤色に塗られていることが多いのでしょうか。
そもそも日本では、赤色は火や太陽、生命を表す色とされ、悪霊や災厄を払う力があると考えられてきました。これを神社の入口にある鳥居に使うことで、神社の中に悪い霊や気が侵入するのを防いでいます。また、赤色の顔料となる朱は水銀を原材料としていて、昔から木材の防腐剤として使われてきたという、実用的な面でのメリットもあったのです。
ちなみに、鳥居の色は赤ばかりではありません。白や黒の鳥居も存在しています。有名なところでは、伊勢神宮や出雲大社の白い鳥居。白といっても真っ白に塗られているわけではなく、皮を剥いだ白木の色です。ただし、五穀を司る倉稲魂命(うかのみたま)を祀った稲荷神社の鳥居は赤が基本です。
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