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暗号名「ブロークン・アロー」~隠された核兵器事故

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NHK BS歴史館
暗号名「ブロークン・アロー」~隠された核兵器事故

これは長い間、国家機密とされてきたアメリカ軍の内部報告書です。実はここに私たち人類に大きな脅威をもたらす内容が書かれていました。

脅威と言うのがこちら核爆弾です・・実はこの報告書は、世界各地で起きた核爆弾の落下事故や紛失など32件の核兵器事故のリストです。

地中海に面したスペインの田舎町パロマレス、実は核爆弾が落ちてきた街として知られています・・1966年1月17日の事でした。

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4発の核爆弾を積んだアメリカ軍機が事故のため墜落、幸い核爆発には至りませんでしたが弾頭から漏れ出した大量のプルトニウムが周囲に放射能汚染を引き起こしました。

町の特産品であるトマトは汚染の可能性があるとされ出荷停止に追い込まれました・・世界各地で起きていた知られざる核兵器事故・・そのカギを握っていたのがアメリカ軍のある秘密のコードネームでした。

Broken Arrow(ブロークン・アロウ/折れた・矢)・・核爆弾の紛失や落下事故など核にまつわる不測の事態発生を意味する米軍内部の暗号名です。

東西冷戦真っただ中の1960年代、競い合うように核爆弾を製造した米ソ超大国・・この時期その核爆弾が不測の事態を起こし、いくつもの緊急指令ブロークン・アローを発令させてきました。

アメリカ国防総省が1981年に作成した内部報告書によれば1950年~1980年にかけて32件ものブロークン・アローが引き起こされていました。

北は北極圏グリーンランド、大西洋など海洋の真ん中でも核爆弾の落下、紛失事故があったと記録されています・・中には詳細機密とされているケースもあり、今だ回収されたかわからない核爆弾もあるのです。

32件と言う数字は、1980年までに起こったアクシデントに過ぎません・・本当はもっと起こっているはずです・・旧ソビエトや他の核クラブを考えると膨大な数になるんではないでしょうか。

核の脅威から逃れるために核を持つ・・終わりなき核競争のさなか起こった不測の事態がブロークン・アローなのです。

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当時アメリカはソ連と冷戦を戦っている最中でした。1957年にソ連スプートニクという人工衛星を打ち上げたのです。

人工衛星戦略的価値に気付いたフルシチョフはこう宣言します。

 「我々はいつでも資本主義国に核爆弾を打ち込める」

人工衛星を打ち上げられると言うのはそのロケット技術を使えばアメリカに対して核兵器を打ち込めるのです・・それでアメリカは対抗策としてクロムドーム作戦を発令、B52戦略爆撃機を常に24時間体制で12機以上ソビエト周辺の上空に飛ばしていたんです。

その一つのルートの中のスペイン・パロマレスで事故が起きたんです・・それでソビエトを抑え込む事が出来るかも知れませんが大変もろさを抱えた戦略だったのです。

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1968年、パロマレスの事故から2年、またも大きなブロークン・アローが発生しました・・北極圏にあるアメリカ軍の空軍基地の事です・・デンマーク領・グリーンランド・チューレ、北緯77度、夏でも氷点下という極寒の地は地元イヌイットの人もまばらにしか住んでいません。

アメリカ軍がここに基地を作ったのは1943年、極北に作られた小さな基地(アメリカ軍 シューレ空軍基地)は冷戦の中、次第に重要な使命を帯びてゆきます。

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アメリカにとって重要な前線基地とされ、クロムドーム作戦の給油地の一つとされたのです・・レーダーでソビエトの不穏な動きをキャッチし20分以内にそれを反撃できる体制が作られたのです・・ブロークン・アローはそんな中で起こりました。

1968年1月21日、4つの核爆弾を搭載したB52爆撃機が機内火災の為、墜落します・・墜落したB52の機体は6時間にわたり燃え続けた後、厚さ3mもある氷を溶かして海に沈みました。

一方、機体が墜落する直前に切り離された4発の核爆弾は、チューレ基地周辺の南部と海を覆う氷の上に落下、バラバラに飛散し大量の放射能を撒き散らします・・しかし当初この事実はデンマーク国民には伏せられたままでした。

と言うのも当時のデンマーク政府は、核爆弾を国内に持ち込ませる事を法律で禁じていたからです(1957年デンマーク政府 非核化政策 発表)。

そんな中、放射能に汚染された氷や土を除去し、コンテナに詰める作業に従事したのが地元イニイットの人々と基地で働くデンマーク人職員でした。

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そして事故から8カ月後の夏、アメリカ軍は汚染物質の回収作業を終わらせます(”一件落着1968年9月13日9・・しかし事態は一件落着からはほど遠いものでした。

チューレ労働者・被爆者の会 イェンス・ジグラーセン会長
「事故から4日後にデンマークの政府関係者がやってきました・・その人たちにそんなに危なくないから心配するなと言われました・・プルトニウムは凄く低周波だし少ない量なら紙一枚でも通さないぐらい弱いってね」

「でもある時、アメリカ軍が放射能を測定しているのを覗いて見てみると200万カウンターミニッツ(自然状態では15カウンターミニッツ)という数字が出ていました・・少ないどころの話ではありません・・なのにデンマーク政府は事実を隠そうとしていたんです」

ジグラーセンさんはその事が原因で多くの仲間たちが放射能の被害にあったのではと考えています。

マリウス・シュミットさんもチューレ空軍基地での放射能汚染の事を詳しく知る一人です・・チューレ空軍基地で消防長をしていたマリウスさんは、事故の時、先頭に立って消防作業に当たっていました。

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その時、現場で何が起きていたのか事故直後のチューレ空軍基地の様子の貴重なフィルもを見せてくれました・・映し出されたタンク、中には高い放射能に汚染された飛行機の残骸が収められています。

そこに消火剤を散布するのはマリウスさんの同僚です・・画像右上の黄色い防護服は、直接残骸に触れるアメリカ兵だけが着用、マリウスさん達、消防士は普段の恰好で作業していました。

チューレで共に働いた消防士仲間は12人、実はその内8人はすでに死亡しています。

チューレ労働者・被爆者の会 マリウス・シュミット前会長
「残骸物の除去作業が終わり、デンマークに帰ってきて18年目の時です。久しぶりにチューレで一緒に働いていた仲間に電話をかけてみたら病院に入院しているとか死んだとか言われて、これは絶対におかしいと思いました」

マリウスさんが昔の仲間に連絡し、聞き取り調査をした結果は驚くべきものでした・・当時チューレで働いていた800人の内、500人以上が健康の問題を抱え、内98人が癌に侵されていたのです。

チューレ労働者の高い発ガン率と浄化作業には因果関係がある・・マリウスさんはデンマーク政府に訴えます・・しかし政府の見解は次のようなものでした。

「チューレで浄化作業に従事した労働者のがん発生率は、一般人より40~50%高いが浄化作業に従事しなかった基地の従業員の癌発生率も高かったので浄化作業が原因とは言えない」(1987年11月発表)

自分たちの声を聞き入れてもらうためには、より詳細な証拠が必要だ・・そう考えたマリウスさんは単身渡米、チューレで起こったブロークン・アローの資料を探す為にアメリカ国防総省に乗り込みます・・そこで思わぬ物を発見します。

チューレ労働者・被爆者の会 マリウス・シュミット前会長
「資料室に通されチューレと言う棚でハンセン首相の書簡を見つけたんです・・驚きました」

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上記画像は、マリウスさんが手に入れたデンマークのハンセン首相からアメリカ大使に宛てた非公式メッセージ『ハンセン文書』です。

そこには、デンマークグリーンランドアメリカ軍が核爆弾を持ちこむ事をハンセン首相が暗に合意している事が記されていました。

マリウスさんが期せずして手に入れたこの書簡は、デンマーク政府に大きな衝撃を与えます・・その結果、思わぬ話が舞い込んできます。

デンマーク政府が基地に出入りしていた人全員にお金を支払う事を申し出てきたのです・・総額は1億7200万デンマーククローネ(31億円)。

チューレ労働者・被爆者の会 マリウス・シュミット前会長
「首相の秘書官が突然現れて首相が私と話をしたがっていると言われたんだ・・そしていきなりこう切りだしてきた。 ”お前は何がやりたいんだ政府を転覆させる気か”・・”補償金は出す訳にはいかないけどお金なら出す” ・・結局僕は、それでうなずいて1億7200万デンマーククローネを勝ち取ったんだ」

しかしこのニュースは、マリウスさんの予想に反してチューレ労働者の一部から反発を招いたのです・・一番の問題は、『補償金』ではなく『和解金』として受け取った事、それは被曝は無かったと認めてしまう事になるのです。

この他にもチューレ事故は、1発の核爆弾が海中に沈んで回収不能になっているなど多くの問題が今も残されています。

スペイン・パロマレスの米軍機、墜落事故でも米軍のずさんな核の洗浄作業により、スペイン政府により、放射能汚染の危険ありとして墜落現場周辺は再度立ち入り禁止になっています。


アメリカも含め世界は、膨大な予算をかけて自分自身が開発した戦争で使えない兵器の為にアメリカは怯え続けなければならないのです。・・原発問題も同じですね・・未来の人類へ負債を回しているって事です。