
郡上八幡(ぐじょうはちまん) 水と踊りの城下町
日本三大盆踊りとして有名な「郡上踊り」。国の重要無形民俗文化財にも指定されているこのお祭りの舞台となるのが、岐阜県「郡上八幡」。毎年夏の約2か月間に30晩以上開催されるという、とても長いお祭りです!さて、お祭りで有名な郡上八幡ですが、実は観光スポットも盛りだくさん!
東海北陸自動車道の郡上八幡IC直前の亀尾島トンネル(下り線)を抜け、右手に広がる市街地が郡上八幡。
真っ先に目にとまるのが市街地奥の山頂にそびえる郡上八幡城です。城下町として発展してきた郡上八幡の市街地内には、古い町並みやきれいな水路、水を生かしたポケットパーク(小公園)、全国名水百選の宗祇水、郡上八幡を総合的に紹介している郡上八幡博覧館、登録有形文化財となっている郡上八幡旧庁舎記念館など、見どころが多くあります。
散策をしながら風情ある町並みを楽しみましょう。城山中腹の城山公園には山内一豊と千代の銅像があり、絶好の記念写真ポイントです。


水風景 水の町巡り
郡上八幡は長良川の上流に位置し、奥美濃の山々から流れ出た吉田川、小駄良川など三つの川が合流するところにあります。
この恵まれた地形と、長い歴史の中で郡上びとによってはぐくまれた清流の文化は郡上八幡の貴重な遺産です。そして これらは、環境省によって名水の町の指定をうけたゆえんでもあります。
ここではそんな郡上八幡ならではの水風景をご紹介いたします。
「黄⇒:郡上八幡旧庁舎記念館」「赤⇒:やなか水のこみち」「青⇒:いがわこみち」「青丸:宗祇水」「黄丸:山内一豊と千代の像」「緑丸:古い町並み」

吉田川
長良川最大の支流で市街地の中央を流れます。「宮が瀬橋」からは川底の石が数えられるほど透きとおった水の流れと、緑の山の頂きにそびえる郡上八幡城が眺められ、「新橋」は渦巻く瀬めがけて子供たちが橋の上から飛び込むことで知られています。
川岸づたいに「宮が瀬こみち」という親水遊歩道があって、川風を頬にうけながらのんびり散策をするとこの町の人々の暮らしがいかに自然と一体となっているかが分かります。


水舟
郡上八幡特有の水利用のシステムです。湧水や山水を引き込んだ二槽または三槽からなる水槽のうち、最初の水槽が飲用や食べ物を洗うのに使われ、次の水槽は汚れた食器などの洗浄。


そこで出たご飯つぶなどの食べ物の残りはそのまま下の池に流れて飼われている鯉や魚のエサとなり、水は自然に浄化されて川に流れこむしくみになっています。
そのほとんどは個人の家の敷地内にあるのでなかなか目にふれることはないですが、観光用に設置されたものが町のあちこちにあり、町歩きで乾いた観光客のノドをうるおすのに一役かっています。
いがわこみち
郡上八幡旧庁舎記念館の横にある鯉や川魚が泳ぐ豊かな用水です。民家の裏手を流れ、夏になればスイカが冷やされオトリに使う鮎が篭に入れてあったりする光景も。
洗濯場が3ヶ所あり近所のおばさんたちの社交の場でもあったりするのですが、最近はカメラなどを向けられるのを嫌がって、その数は昔と比べると減ったみたいです。
でも川に魚がいる、川の水でものをすすぐ、なんてことは少し前まではごく当たりまえのことでしたが、それが名所のなるなんて少し哀しい気がします。

宗祇水(そうぎすい)
環境省が選定した「日本名水百選」の第1号に指定されたことで有名になった湧水です。しかし本来は、由緒正しき史跡。
文明3年(1471)連歌の宗匠・飯尾宗祇が郡上の領主である東常縁から古今伝授を受けて京へ戻るとき、当時の2大歌人であるふたりが、この泉のほとりで歌を詠み交わしました。
「もみじ葉の 流るるたつた白雲の 花のみよし野思ひ忘るな 常縁」
「三年ごし 心をつくす思ひ川 春立つ沢に湧き出づるかな 宗祇」
惜しむ別れを清泉に託した2首の和歌が残されています。


郡上八幡旧庁舎記念館
ここは郡上八幡を訪れる観光客の休息、便宜を図るユニークな施設です。町の中心新橋のたもとにあって、吉田川の大瀬(だいせい)とよばれる早瀬を見下ろし「ちょっと一休みする」には格好の場所。
建物は旧郡上八幡役場で国の登録文化財の指定を受けています。内部は郡上八幡の特産品の展示販売や軽食、2階は郡上おどりの体験会場となる「かわさきホール」。郡上八幡観光協会もここにあります。季節のおすすめ、見どころ味どころ、郡上ことばでお手伝いいたします。郡上おどり体験もできます。
入館料:無料

城山公園 山内一豊と千代の像
内助の功で有名な山内一豊の妻「千代」出生の地については、近江説と郡上説があり、郡上説では初代郡上八幡城主、遠藤盛数の娘と云われています。

古い町並み
職人町、鍛冶屋町といった町名にひかれてそぞろ歩けば、そこには古い家並みとその軒先をほとばしるように流れる水路があります。
柳町の家々は侍町のおもかげを残しており、隣家との境に袖壁をもつのが特徴です。これは屋根の軒出しを支えるとともに長屋のように密接した家々の防犯や延焼を防ぐためのものでした。


郡上八幡城
郡上八幡城は戦国時代末期の永禄2年(1559)、遠藤盛数が砦を築き、稲葉貞通、遠藤慶隆の興亡を経て大普請され、寛文7年(1667)、6代城主遠藤常友の修復によって幕府から城郭として認められるに至りました。
その後、井上氏・金森氏が相次いで入部。宝暦騒動で金森氏が改易された後、丹後国宮津藩から転封した青山幸道によって殿町に居館が築かれ、旧二の丸は本丸、旧本丸は桜の丸・松の丸に改められました。
明治4年(1871)の廃藩置県とともに廃城となった城は、翌年から石垣を残してすべて取りこわされました。現在の城は、昭和8年(1933)、当時の大垣城を参考に再建され、木造4層5階建の天守閣等は郡上市重要文化財に、一帯の城跡は県史跡に指定されています。
それとこの城、紅葉が見事!!
白亜の天守閣に迫る燃えるような紅葉で ”天守炎上” との異名を持つほどの赤!…夜間はライトアップされます。
入館料:320円


岐阜県・奥美濃の天空の城 郡上八幡城
朝霧に浮かび上がる八幡城が【天空の城】として話題となった、郡上八幡城のイメージポスター【積翠城の夜明け】。
各種メディアにも取り上げられ、また、第64回日本観光ポスターコンクールでは、本審査入賞とはなりませんでしたが、オンライン投票部門で<5位>に入賞しました。
雲海に浮かぶ「天空の城」として多くのカメラマンを魅了し、「死ぬまでに行きたい世界の絶景」にも選ばれた堀越峠から眺める郡上八幡城。10月から3月にかけての早朝にその神秘的な姿を見せます。
撮影地として人気の国道256号線堀越峠は、撮影のカメラマンによる違法駐車で事故の危険が懸念されています。くれぐれも交通ルールを遵守いただき、路上駐車をしないようご協力をお願いいたします。

管理人の独り言
郡上八幡といったら ”郡上踊り(ぐじょうおどり)” でしょう。郡上踊りを語らなければ終われません。

日本の夏の風景といえば、盆踊り。浴衣姿で輪になって踊るのはノスタルジックな風景。郡上踊りは、日本三大盆踊りと言われておりまして…とにかく凄いんです。
何が凄いかといいますと…
その期間の長さ
毎年7月の第2土曜日~9月の第1土曜日まで…計32夜を踊りぬく、日本一長い盆踊りなんです。なかでもお盆の4日間は「徹夜おどり」といわれ、夜が明けるまで踊り続けます。
踊りは10曲
「かわさき」「春駒」「三百」「ヤッチク」「古調かわさき」「げんげんばらばら」「猫の子」「さわぎ」「甚句」「まつさか」。この10曲すべて踊り方が違います。
踊る演目は、その日によって違います。ですから全部覚える必要があります。…とは言っても単純な振り付けですから、初めての方でも見様見真似で何とかなる。
舞台・郡上節
囃子の構成は三味線・太鼓・笛の伴奏に唄囃子・返し言葉・掛け声。(伴奏がない曲もある)
郡上節を演奏する囃子の一団が乗る屋形(木造2層寺社風構造)を中心に、自由に輪を作り時計回り(曲によっては反時計回り)に周回しながら踊る。会場が街路の場合もあるので、輪は円形とは限らない。踊りには曲ごとに定型がある。
服装
服装に制限はないけど「浴衣」「下駄」で行くこと。下駄で路上を踏み鳴らす振付があるので下駄じゃなきゃダメ!


郡上踊りの参加者は、若い人が多いです。普段、郡上から離れていても、この期間は帰ってくるんでしょう。
郡上踊りを観光で見に行くなら、参加しなきゃ楽しめません。(ダメってことは無いけど…笑)見てる人より、踊っている人の方が圧倒的に多いのが郡上踊り。
浴衣と下駄を用意して郡上八幡に向かいましょう。(現地で浴衣と下駄のレンタルもあります)
参考サイト:「清流と名水の城下町、郡上おどりのふるさと」
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