旅cafe

旅行会社の元社員が書く旅日記です…観光情報、現地の楽しみ方、穴場スポットなどを紹介します。…当ブログ記事は転載OK…リンクを貼っていただけるなら遠慮なくお好きにお使いください。

天台宗総本山 比叡山延暦寺  Hieizan Enryakuji

f:id:tabicafe:20200713100313j:plain

1200年前から続く宗教都市を巡る旅
世界遺産 比叡山 延暦寺

比叡山延暦寺とは、3つのエリア(東塔・西塔・横川)に集まる約150の、お寺やお堂の総称。…ですから 延暦寺 という名前のお寺はありません。

あまりにも有名な、この寺を解説した文書、サイト、ブログ、You tube動画が山ほどある中で管理人は、あえて違った角度から、比叡山延暦寺という素晴らしいお寺を解説したいと思います。(「不敬だ!」とか怒らないでね…笑)

最澄空海

最澄空海」…歴史の教科書に載っていて誰でも頭に焼き付いている言葉です。

天台宗 比叡山の開祖は、伝教大師こと最澄
対して…
真言宗 高野山の開祖は、弘法大師こと空海

f:id:tabicafe:20200713085503j:plain

最澄空海

平安仏教の2大巨頭であり、その後の日本仏教に決定的な影響を与えたこの二人。同じ時代を生きただけではなく、同じ遣唐使船で中国に渡った(4隻の船団で、空海は第1船、最澄は第2船、第3船、4船は遭難)というのですから、この2人の関係は、なにやら因縁めいています。まずは空海と対比する事によって最澄を解説してゆきます。

二人は唐の最新仏教の勉強に行きます。この時点で最澄は仏教界で高い地位を持っていました。対して空海は、一介の僧侶として参加します。

そして唐について二人は、勉強を開始したんですが、最澄桓武天皇に…
「早く帰ってきて仏教を改革しろ!」
…って言われて1年で帰国します。

対して空海は、2年間みっちり勉強して帰国します。…この勉強の期間の差が、後々出てくるんです。

帰国後、最澄は、比叡山に総本山である延暦寺を創設。しかし最澄天台宗マスターであったんですが、円・戒・禅・密の4っつの教えのうち、密教を学べないで唐から帰国してしまったんです。

1年後、空海が帰って来ます。20年勉強する予定で唐に入って2年で帰国した空海は、朝廷から怒られます…
「なんでこんなに早く帰ってきた…都に入る事、まかりならん!」
…と言われてしまいます。

空海は、大天才!…2年で全部マスターして免許皆伝…だから2年で帰れたんです。それを知っていた最澄がとりなして、空海は都に入ることが出来ました。その後、空海最澄の助けもあり、高野山に総本山である金剛峯寺を創設するに至るんです。

ここからが面白い!…
最澄:「僕は、唐で密教が、あまり学べなかったんで、教えて」
空海:「いいっすよ」
最澄:「じゃ…弟子を3人向かわせるよ…よろしくね」
空海:「了解!っす」
…という現在のtwitter・LINEでの会話のようなものを行ったようです。

という事で最澄は、自分の信頼する優秀な弟子3名を高野山に派遣します。
でも弟子の一人が空海の人柄に心酔してしまって、高野山に居ついて帰ってこなかったんです。…最澄は面白くない。

最澄:「引き抜きか!」
空海:「別に…」

その後もいろいろあったんですけど最後は、こんな感じ…
最澄:「自分でも独自で勉強してみたいから、経典貸して」
空海:「それはチョット…」
最澄:「え!…なんで?」
空海:「そもそも密教とは、経典で学ぶものではありません…(ぐちぐちぐちぐち)」
最澄:「もういい!」
…という事で喧嘩別れをしてしまったんです。

今回は、そんな最澄が開いた比叡山延暦寺を紹介いたします。

比叡山延暦寺、60年ぶりの大改修!

皆さんは、大ラッキー!
なんと60年ぶりに行われている、比叡山の中心、 ”根本中堂” の改修工事に立ち会えるんです。

「なんだよ…工事ちゅうかよ」
…っていう心の声が聞こえてきました。…説明しましょう。

根本中堂は、古来より定期的(60年ごと)に改修工事を行っていまして、今回の改修工事、期間は平成28年から10年間(終了は2026年)。根本中堂には、工事用大井屋が被せられます。

f:id:tabicafe:20200713085956j:plain
f:id:tabicafe:20200713090005j:plain
BEFORE/AFTER

確かに外観は見れない…でもですね…中庭に修学ステージが造られて屋根の高さから大改修の様子を間近で見ることが出来るんです。

根本中堂の屋根に上がれるなんてこの機会をおいてない!

f:id:tabicafe:20200713100542j:plain
f:id:tabicafe:20200713100551j:plain

何といっても60年に1回ですから、一生で1回しか見られないんです。2回見れる人いるかな…(笑)

もちろん普通に参拝も出来ます。不滅の法灯(ふめつのほうとうも見ることが出来ます。

比叡山が生んだ法然親鸞栄西日蓮

比叡山の境内を説明する前に、比叡山から派生した5宗派について簡単に説明しておきます。

最澄天台宗
法然:浄土宗
親鸞浄土真宗法然の弟子)
栄西臨済宗
日蓮日蓮宗

文化庁平成28年に発表した興味深い数字があります…
仏教教団の寺院数と信者数
1 位: 浄土真宗本願寺派 10,196寺院 792万2823人
2 位: 真宗大谷派 8,540寺院 791万8939人
3 位: 浄土宗 6,913寺院 602万1900人
4 位: 高野山真言宗 3,626寺院 383万1300人
5 位: 曹洞宗 14,716寺院 351万1798人
6 位: 日蓮宗 4,659寺院 348万6041人
7 位: 天台宗 3,337寺院 136万3553人
8 位: 臨済宗妙心寺派 3,357寺院 36万9893人

1位、2位の「浄土真宗本願寺派」「真宗大谷派」は2派とも浄土真宗となっています。

日本人の多くは、この数字のどこかに入っていると思います。とは言え、現在では、宗教に対する考え方も多様化していますので、これら信者数の統計数字が特に大きな意味を持つわけではありません。…あくまで参考という事で…。

比叡山延暦寺 境内散策

比叡山延暦寺は、標高848mの比叡山全域、1700ヘクタールを境内とし、山内を地域別に、東を「東塔(とうどう)」、西を「西塔(さいとう)」、北を「横川(よかわ)」の三つに区分しています。これを三塔と言い、それぞれに本堂があります。

この3つのエリアには100を超える、お寺やお堂が点在しています。

1994年には、古都京都の文化財の一部として、(1200年の歴史と伝統が世界に高い評価を受け)ユネスコ世界文化遺産にも登録された。寺紋は天台宗菊輪宝。

それでは、比叡山延暦寺のご案内をいたします。

拝観料:1000円(東塔 西塔 横川 共通券)

f:id:tabicafe:20200713102122j:plain

 

 

東塔(とうどう)

東塔は延暦寺発祥の地であり、本堂にあたる根本中堂を中心とする区域です。
伝教大師最澄延暦寺を開いた場所であり、総本堂根本中堂をはじめ各宗各派の宗祖を祀っている大講堂、先祖回向のお堂である阿弥陀堂など重要な堂宇が集まっています。

f:id:tabicafe:20200713110401p:plain

根本中堂
延暦寺では三塔即ち東塔・西塔・横川にそれぞれ中心となる仏堂があり、これを「中堂」と呼んでいますが、東塔の根本中堂はその最大の仏堂であり、延暦寺の総本堂となります。本尊は薬師如来です。

現在の姿は、徳川家光の命で寛永19年(1642)に竣工したものです。ご本尊の前には、1200年間灯り続けている「不滅の法灯」も安置されています。

f:id:tabicafe:20200713110704j:plain
f:id:tabicafe:20200713111206p:plain
「根本中堂」・「ご朱印薬師如来

大講堂
昭和39年(1964)に山麓坂本の讃仏堂を移築したものです。本尊は大日如来で、その左右には比叡山で修行した各宗派の宗祖の木像が祀られています。
また、外陣には釈迦を始めとして仏教・天台宗ゆかりの高僧の肖像画がかかっています。国重要文化財に指定されています。

f:id:tabicafe:20200713111605p:plain
f:id:tabicafe:20200713111614p:plain
「大講堂」・「ご朱印大日如来

阿弥陀堂
昭和12年(1937)に建立された、檀信徒の先祖回向の道場です。本尊は丈六の阿弥陀如来です。一般の方々の回向法要もしております。詳しくは「祈願・回向」をご覧下さい
またお堂の前には、水琴窟があり、美しい響きを聞くことができます。

f:id:tabicafe:20200713112219p:plain
f:id:tabicafe:20200713112209p:plain
阿弥陀堂」・「ご朱印阿弥陀如来

法華総持院東塔
昭和55年に阿弥陀堂の横に再興されました。伝教大師最澄は日本全国に6か所の宝塔を建て、日本を護る計画をされましたが、その中心の役割をするのがこの東塔になります。本尊は大日如来をはじめとする五智如来が祀られており、塔の上層部には仏舎利法華経が安置されています。

f:id:tabicafe:20200713112551p:plain
f:id:tabicafe:20200713112541p:plain
「法華総持院東塔」・「ご朱印五智如来

文殊楼(もんじゅろう)
文殊楼は高い石段を隔て根本中堂の東側にあります。延暦寺の山門にあたり、徒歩で本坂を登ってくると、まずこの門を潜ることになります。
慈覚大師円仁が中国五台山の文殊菩薩堂に倣って創建したものですが、寛文8年(1668)に焼け、その後建てられたのが現建築です。

f:id:tabicafe:20200713112800p:plain
f:id:tabicafe:20200713112751p:plain
文殊楼(もんじゅろう)」・「ご朱印文殊菩薩

万拝堂と一隅会館
万拝堂は根本中堂大坂を登ったところにあります。日本全国の神社仏閣の諸仏諸菩薩諸天善神を勧請し、合わせて世界に遍満する神々をも共に迎えて奉安して、日夜平和と人類の平安を祈願している平成の新堂です。

一隅会館は、参拝者のための無料休憩所です。休憩所内には、比叡山全景の立体模型が設置されていて、比叡山が進めている一隅を照らす運動の実践や、延暦寺を紹介する映像を放映しています。地下におそば屋さんを併設しています。

f:id:tabicafe:20200713113139p:plain
f:id:tabicafe:20200713113129p:plain
「万拝堂と一隅会館」・「ご朱印:千手観音」

大黒堂
一隅会館前の広場に面しています。伝教大師最澄比叡山へ登った折、この地において大黒天を感見したところであり、日本の大黒天信仰の発祥の地と言われています。 本尊の大黒天は、「三面出世大黒天」と言われ、大黒天と毘沙門と弁財天が一体になった姿をしています。

f:id:tabicafe:20200713113407p:plain
f:id:tabicafe:20200713113358p:plain
大黒堂」・「ご朱印:三面大黒天」

正覚院不動(延暦寺会館前)
東塔東谷において「灌頂(かんじょう)」という天台密教における重要な儀式を行う道場でした。現在はその跡地に延暦寺会館が建てられ、その前に正覚院に祀られていた不動尊を安置し、ご参拝、ご宿泊の皆様の旅行安全・厄難消除の不動尊として信仰されております。

f:id:tabicafe:20200713113737p:plain
f:id:tabicafe:20200713113728p:plain
「正覚院不動(延暦寺会館前)」・「ご朱印:正覚院不動」

西塔(さいとう)

西塔は本堂にあたる釈迦堂を中心とする区域です。
東塔から北へ1キロメートルほどのところにあり、第2世天台座主寂光大師円澄によって開かれました。本堂は釈迦堂(転法輪堂)です。他に修行のお堂であるにない堂や伝教大師最澄上人の御廟所である浄土院などがあります。
また、一般の方々の研修道場である居士林もあり、修行体験をすることができます。

f:id:tabicafe:20200713114103p:plain

釈迦堂(転法輪堂)
西塔の本堂にあたるのが、この転法輪堂です。一般にはご本尊の釈迦如来にちなみ、釈迦堂の名で知られています。

現在の釈迦堂は、延暦寺に現存する建築中最古のもので、もとは三井寺園城寺の金堂でしたが、秀吉が文禄四年(1595年)に西塔に移築したものとなります。 国重要文化財に指定されています。

f:id:tabicafe:20200713114400p:plain
f:id:tabicafe:20200713114410p:plain
ご朱印:釈迦如来」・「釈迦堂(転法輪堂)」

浄土院
伝教大師の御廟がある浄土院は、弘仁13年(822年)6月4日、56歳で入寂された大師の遺骸を、慈覚大師が仁寿4年(854年)7月ここに移して安置した場所です。 東塔地域と西塔地域の境目に位置し、所属は東塔地域になります。
現在は十二年籠山の僧が毎日、生身の大師に仕えるごとくに奉仕しています。

f:id:tabicafe:20200713114556p:plain

浄土院

常行堂・法華堂(にない堂)
同じ形をしたお堂が廊下によって繋がっています。正面向かって左が、四種三昧のうち、常行三昧を修す阿弥陀如来を本尊とする常行堂、右が法華三昧を修す普賢菩薩を本尊とする法華堂です。弁慶が両堂をつなぐ廊下に肩を入れて担ったとの言い伝えから、にない堂とも呼ばれています。国重要文化財に指定されています。

f:id:tabicafe:20200713114753p:plain

常行堂・法華堂(にない堂)

横川(よこかわ)

横川は本堂にあたる横川中堂を中心とする区域です。
西塔から北へ4キロメートルほどのところにあり、第3世天台座主慈覚大師円仁によって開かれました。本堂は、遣唐使船をモデルとした舞台造りの横川中堂です。他に往生要集著者の源信僧都が隠居していた恵心堂やおみくじ・魔除けの角大師で有名な元三慈恵大師良源を祀っている四季講堂(元三大師堂)などがあります。
東塔地域から、シャトルバスにて15分。徒歩にて100分以上(東海道自然歩道)

f:id:tabicafe:20200713115107p:plain

横川中堂
横川の本堂にあたるのが、この横川中堂です。舞台造りで全体的に見て船が浮かんでいる姿に見えるのが特徴です。
お堂の中央部が2メートル程下がっていて、そこに本尊として慈覚大師作と伝えられる聖観音菩薩が祀られています。
現在の建物は昭和46年に再興された建物です。

f:id:tabicafe:20200713115320p:plain
f:id:tabicafe:20200713115329p:plain
ご朱印聖観音」・「横川中堂」

 

四季講堂(元三大師堂)
慈恵大師(良源)(元三大師)の住居跡と伝えられる元三大師堂は、康保4年(967年)、村上天皇の勅命によって四季に法華経が論義されたことから四季講堂とも呼ばれています。

現代のおみくじの形は、元三慈恵大師良源が考え出したと言われており、この元三大師堂はおみくじ発祥の地となります。 ここでは、角大師(つのだいし)のお姿を授与していて、魔除けの護符になっています。

f:id:tabicafe:20200713115624p:plain
f:id:tabicafe:20200713115634p:plain
ご朱印:元三大師」・「四季講堂(元三大師堂)」

恵心堂
恵心僧都源信の旧跡であり、阿弥陀如来を祀り、念仏三昧の道場です。源信はこの恵心堂において『往生要集』や『二十五三昧式』などを著わし、後の浄土宗や浄土真宗などの源となる日本浄土教の基礎を築きました。

※恵心堂は内部非公開です。

f:id:tabicafe:20200713115853p:plain

恵心堂

定光院
比叡山の横川は、日蓮聖人が御年20歳から32歳までの12年間、この地を住坊とされ諸宗遊学の拠点にされた地です。晩年の身延での生活が9ヵ年ですから、生涯で最も長く留まられた場所でもあります。

千葉在住の管理人としては、しっかり説明したい場所です。が、…横川で一番外れの、また外れ、嫌になるほど歩かされますよ…(笑)

当時の比叡山は、仏教の総合大学のような位置付けでしたので、全国各地から数多くの僧侶達が志を持って集まっていました。坊舎の一つであった定光院は、横川地区の北端の「華芳谷」(かほうだに)という場所に位置しており、華芳谷横川定光院と呼ばれていました。
この定光院は、天台宗の管轄地にありながら、現在は日蓮宗が管理しており、本宗の宗門史跡になっています。また、「法華発祥の霊蹟」として、宗門の法要や団参で多くの檀信徒がお参りに見えています。

f:id:tabicafe:20200713121242j:plain

定光院

国宝殿

国宝殿…凄いよ!
無茶苦茶凄い!!…ここは入っておかなきゃダメ!!!

東塔地域延暦寺バスセンターの近くにあり、延暦寺に伝来する数多くの仏像・仏画・書跡等の文化財を保管するための施設です。中には国宝や重要文化財に指定されているものも多く、延暦寺の歴史の一端に触れることができます。

重要文化財
千手観音立像
平安時代(九世紀)

維摩居士坐像
重要文化財
維摩居士坐像
平安時代(九世紀)

不動明王童子立像
重要文化財
不動明王童子立像
鎌倉時代(十三世紀)

薬師如来坐像
重要文化財
薬師如来坐像
平安時代(十世紀)

大黒天立像
重要文化財
大黒天立像
鎌倉時代(正安3年 1301)

拝観料:500円

f:id:tabicafe:20200713122009p:plain

f:id:tabicafe:20200713122020p:plain

 

 参考サイト:「天台宗総本山 比叡山延暦寺 [Hieizan Enryakuji]

管理人の独り言

今回、比叡山延暦寺の記事を書くに際して仏教伝来、仏教の歴史、日本の仏教について改めて勉強しなおしました。

何気に…以外に…かなり…仏教面白い!!

当ブログのカテゴリー(テーマ)に「仏教」を新たに加えて独立させます。今後、仏教に関する記事を充実させてゆこうと考えています。

こうご期待!!