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私が愛した光源氏 ~「源氏物語」女たちのドラマ~

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NHK 歴史秘話ヒストリア
私が愛した光源氏 ~「源氏物語」女たちのドラマ~

8回目の映画化が行われた源氏物語(『源氏物語 千年の謎』)、平安の女性たちを虜にする主人公は光源氏、史上最も有名なイケメンキャラクターです。

人気漫画やアニメなどで描かれてきた光源氏の意外な素顔とは…?
千年前、突如現れた軌跡の恋愛小説、源氏物語…史上最高の美男子・光源氏が繰り広げる華麗なる愛の物語…知っているようで知らない平安の恋愛の世界です。

源氏物語が生まれたのは、今から1000年前の平安時代、女流作家・紫式部が創作した史上初の長編恋愛小説です。…美貌の貴族、光源氏が20人以上の女性と恋をする大河ロマンで日本のみならず、世界中で人気を博してきました。

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上記画像は、国宝源氏物語絵巻源氏物語が生まれた100年後にその名場面を絵にしたものです…雅な平安の世界が当時、大変貴重だった絵具をふんだんに使い豪華に描かれています…ここに登場する光源氏は、切れ長の目で色白、いかにも優しそうな真摯に見えます。

しかし、その口説き方は、「強引」、「無理押し」、「押しあけて中に入る」などイメージとは裏腹に意外とぐいぐいいく積極タイプ…目を付けた女性には、いきなり告白して口説き落とすのが得意でした。

1000年経った今も愛され続ける光源氏、その意外な恋愛哲学をご紹介いたします。


episode 1
光源氏がモテ続ける理由とは?

平安時代、京都で花開いた貴族文化、源氏物語は、その中心である宮中を舞台に幕を開けます…ある時、天皇に第2王子が誕生しました。生まれた子供は、あまりの美しさに”光る君”と呼ばれます…後の光源氏です。

やがて立派な青年に成長した光源氏は、華麗なる女性遍歴をスタートさせます…キッカケはある雨の夜、3人の友人と女性談義をした事でした。

その会話は、次のようなもの…
「本当にいい女は、中々いないね」
「上流より、中流貴族に意外といい女がいるぞ」
「荒れた家にかわいい女性がいるのも心惹かれるね~」
涼しい顔で聞きながら俄然、興味をそそられた光源氏中流貴族の女性と結ばれたいと思うようになります。

翌日の夜、早速実行に移しました…空蝉(うつせみ)という中流貴族の女性がいる事を聞きつけ会いに行ったのです。…当時の恋愛は、会う前に手紙をやり取りするのがマナー…しかし、光源氏はそんな途中経過を一切無視、いきなり訪ねてしまいます。

更に「長い間、貴方を慕い続けてきた者です」その日に聞きつけたのにしゃーしゃーと嘘をついて口説き落としました。…思いは果たしましたが深夜で室内は暗く、相手の顔はハッキリとわかりませんでした。

10日ほど後、光源氏は空蝉の姿をちゃんと見ようと再び会いに行きました…ところがその外見は、小柄な人で見栄えがしない…しかも目が少し腫れぼったい様子で決して美人とは言えません。

しかし、光源氏は空蝉のある動作に目を奪われます…それは、痩せた手を袖に隠しながら碁を打つ仕草、とても慎み深そうな様子です。光源氏は、この仕草を見て空蝉を改めて惚れ直したといいます。

次に目を付けたのも中流貴族の女性でした。かつて栄えていたのに落ちぶれてしまった貴族の娘、末摘花(すえつむはな)です…やっぱり、強引に会いに行き思いを伝えました。いくら話しかけても恥ずかしがって返事がありません。

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もどかしく思った光源氏は、またもやマナーを破って(押し開けて中に入ってしまった)口説き落としました…この時も闇夜で相手の顔がよくわかりませんでした。

朝が来てようやく末摘花の顔を見た光源氏は、またもや驚きます…末摘花の鼻が象の鼻のように長かったのです。しかし光源氏は、こんなふうに考え直します…こんな変わった鼻の姫君と付き合えるのは、自分ぐらいだろうと…その後も付きあい続けます。(なんてポジティブ!)

更に光源氏が19歳の時、家柄も良く賓もあるという事で一夜を共にした女性は、なんと50代後半のかなり年上の女性、しかし和歌が得意で光源氏も感心するほどの教養を持っていました。…歳の差なんと39歳…元祖、熟女好き!

意外と絶世の美女だけと付き合っていた訳ではない光源氏、必ずしもルックスにこだわらない恋愛観は物語の世界だけではなく、平安の現実社会でも同様でした…。

 

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熊野速玉大社に伝わる国宝・彩絵檜扇…当時の女性たちはこうした扇で顔を隠すのがマナーでした…更に室内にも御簾や几帳などが置かれて、外から見えないよう幾重にも隠されているのが普通だったのです。

男性は滅多に見られなかったという女性の顔、では顔も見ずにどうやって恋をしたかと言うとキッカケは噂です…女性は男性を引き付けるために和歌や音楽の能力を磨き良い噂を流してもらいました。男性は、その噂を聞いて妄想を膨らませまだ見ぬ女性に恋をしたのです。

埼玉学園大学 教授 服藤早苗さん
平安時代の女性は顔じゃないんです…教養なんです…あまり器量が良くなくても、和歌、裁縫、染色、書道を磨けば良い噂を流してもらえる…トータルした能力の中で個性を発揮する事で良い妻の座を勝ち取れるんです」

光源氏が昔も今も人気なのは、顔にこだわらず女性の中身を重視するその姿勢にあったのです。

 

 

 

 

 

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NHK 歴史秘話ヒストリア
女たちの「源氏物語」京都・怨霊ミステリー

源氏物語に登場する女性たちの中で特に光源氏を魅了したのが夕顔という女性でした…この夕顔を光源氏が惚れ込んだのは、あるプレゼントがキッカケでした。

夕顔はあるときこんな歌を添えた扇子を贈りました…「あなたは白露に濡れて美しく光る夕顔の花のようですわ」その上、扇子にはなんともいえない香りが染み込ませてありました。

このプレゼントに光源氏はゾッコン、朝別れたのに夕方にはもう逢いたくなるほどの惚れ込みようでした。…イケメン光源氏をメロメロにしたプレゼント作戦、センスある一工夫を参考にしたいものですね。

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京都・東山の清水寺、隣の神社(地主神社)の御神木にあいた無数の穴、男に恨みを抱いた女性が藁人形に五寸釘を打ちつける「丑の刻参り」がおこなわれた跡です。

平安時代は、人の怨念が力を持つと信じられた時代、源氏物語の中でも光源氏は生涯に3度、怨霊によって妻や恋人をとり殺されています。
17歳 夕顔が死去
22歳 葵の上が死去
47歳 紫の上が死去
ホラー小説の元祖ともいえる源氏物語光源氏を愛するが故に恐ろしい力を持ってしまった女性の悲しい物語です。


episode 2
インテリ女性の悲劇!
京都・怨霊ミステリー

22歳になった光源氏は、宮中の役所の長官に出世します…有力者の娘・葵の上と結婚しその輝きは増すばかりでした。…光源氏は、正妻以外に何人もの愛人を抱えるようになります。

その一人が光源氏より7歳年上の六条御息所でした…年上のインテリ女性ですが年下の光源氏の魅力にすっかりはまっていました。ところがしばらく経つと彼女の気位の高さに嫌気がさし、次第に足が遠のきます。

六条御息所は、悲しい思いを味わうようになりました…苦しみは、その後も増して行きます。正妻の葵の上が妊娠し、光源氏がずっと付き添っているという噂を聞かされたのです。

更に彼女を追込む出来事が……
ある時、六条御息所は牛車で祭りの見物にやってきた…そこに正妻・葵の上の牛車は到着、愛人の牛車だとして無理やりどかそうとした…これがキッカケで喧嘩が勃発、六条御息所の牛車は、壊されてしまいます。

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公衆の前で屈辱を味わい六条御息所の嫉妬はピークに達しました…この事件の直後、光源氏の周囲で異変が起きます。突然、正妻・葵の上が体調を崩し、苦しみ始めたのです。

原因をいくら探ってもわかりません…回りは怨霊の仕業ではないかと恐れました。

しかし、いくら祈祷などでお祓いをしても怨霊は、妻から離れません…そして妻が目を覚ましたその時でした…「苦しいので祈祷をやめさせて下さい。人の魂は本当にさまようものでした」光源氏は氷つきます…その声は愛人の六条御息所のものだったのです。

嫉妬の思いに苦しんでいた六条御息所は、本人の知らない間に魂が身体から分離、光源氏の正妻の元にやってきて苦しめていたのでした。

数日後、六条御息所の生霊によって妻は亡くなってしまいます…物語で人を死に追いやった怨霊の力…平安時代では、現実の社会でも怨霊は実在のものとして恐れられていました…京都には怨霊にまつわる場所が今も各地に残っています。

源氏物語が書かれた時代には、怨霊を鎮める事を専門とする役人もいました…陰陽師の安倍清明です。…平安時代の最高権力者で紫式部の支援者でもあった藤原道長は怨霊を恐れ、安倍清明を重用していました。

当時の記録によれば道長は、実際に怨霊に取り付かれた女官に襲われるという事件にも遭遇しています。…「怨霊にとり憑かれ大臣を襲う」(貴族の日記より)

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権力争いをした元関白のものと道長は考え、祈祷を実行、怨霊の存在が広く信じられていたのです。…源氏物語ではその後、六条御息所を苦しめた事を悔み病気になった彼女を見舞いますが亡くなります。…その後も怨霊は消える事無く、光源氏が愛する妻の命を奪おうとしました。

作者の紫式部は怨霊について興味深い指摘をしています…「死んだ人が怨霊になると怯えるのは、自らの心の鬼のせいではないか」(紫式部の和歌より)。つまり怨霊への恐怖は、自らの罪悪感から
生まれているのではないかというのです。

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青山学院女子短期大学 教授 藤本勝義さん
「良心の咎めが高じてありもしない姿、形をみる、匂いのしないものが匂う、見えもしないものが見える…紫式部は精神的な問題だということを感じていたのではないかと思います」

人に理不尽な仕打ちをすれば、罪悪感として自分に跳ね返り、自分自身が苦しむ事になる…紫式部源氏物語を通じてそんな戒めを伝えたかったのかも知れません。

源氏物語を生みだした紫式部は貴族の妻でしたが30代で夫を亡くし、その寂しさから物語を書き始めたと言われています。

源氏物語には愛する人と死に別れた経験が色濃く反映されていると考えられます。…紫式部は生涯に4度、母親や姉など大切な人を失っています。
幼い頃:母と死別
10代:姉と死別
20代:親友と死別
30代:夫と死別

一方、光源氏の生涯を見ると同様に母や祖母と若くして死別しています。
3歳:母と死別
6歳:祖母と死別
23歳:父と死別
51歳:妻と死別

紫式部は、自分自身を投影して源氏物語を書いたとも言われています。

京都学園大学 教授 山本淳子さん
愛する人を失うという悲しみ…その同じ目に光源氏を次々と遭わせています。自分では、どうしていいのか解決が付かない苦しみを抱えて紫式部は生きていたのです。まず自分を第一の読者にして聞きたい事に応えてくれる作品であるように書いたという事だと思います」

源氏物語が人々の心を打つのは、そんな紫式部の実体験が反映しているのかもしれません。

 

 

 

 

 

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NHK 歴史秘話ヒストリア
源氏物語 女性の幸せって何?紫式部のメッセージ

光源氏の大邸宅のモデルとも言われる京都の庭園、渉成園京都市左京区)…平安時代貴族の大邸宅があったという伝承があり、敷地は1万6000坪にも及びます。

物語に出てくる光源氏の邸宅(六条院)も大変広大なものでした…35歳で太政大臣に上りつめた時に造ったもので上流貴族の家の4倍もあります。

光源氏は、そこに四季それぞれに合った庭と屋敷を作り、4人の女性を住ませました。
満開の桜が咲く春の町には、華やかな女性、紫の上。
竹が涼しげな夏の町には、爽やかな花散里。
紅葉が美しく彩る秋の町には、秋が好きな秋好中宮
雪がよく似合う松が植えられた冬の町には、我慢強い女性、明石の君。

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作者の紫式部は、4人にそれぞれの季節のイメージに合わせた運命を用意しました…女の幸せとは?…紫式部が四季の女性たちに託したメッセージに迫ります。


episode 3
女性の幸せって何?
紫式部のメッセージ

春の女性・紫の上
命が芽吹き心華やぐ春、この春の屋敷にふさわしい華やかな女性として登場するのが紫の上です…山深い京都郊外にある鞍馬寺京都市左京区)、その参道は、つづら折りと言われる曲がりくねった道です。…紫の上と光源氏が出あった場所だと言われています。

光源氏は参道近くの寂しい山寺で身寄りが無い幼い少女を見かけます…10歳の紫の上です。一目ぼれした光源氏は少女を引き取り、貴族に必要な教養を自ら教えて理想の女性に育てました。

紫の上もそれに応えて成長、光源氏はこれまで会った多くの女性の中でも比べようもなく優れて美しい人だと絶賛しました。…4年後、光源氏は紫の上を正妻として迎えます。

身寄りが無い境遇から愛と地位を手に入れた紫の上は、まさしく春にふさわしい華やかな人生をスタートさせます。…ところが晩年、悲劇が訪れます。

結婚から18年後、光源氏が新しい正妻を迎えたのです…相手は天皇の娘、高貴な正妻を迎えたいという光源氏の政略結婚でした。…正妻でなくなり、光源氏の愛を失ったと感じた紫の上はショックを受け、病に伏します。

光源氏は強く後悔し、紫の上の元に戻ってきて看病しました…しかし死期を悟った紫の上は、出家して仏に近づきたいと尼になる事を願い出ます。…ところが光源氏は自分の元を去って欲しくないと出家を認めません。

紫の上は迷いを抱えたまま世を去ります…春のように華やかな人生から始まったその晩年は、つらく悲しいものでした。


爽やかな夏の屋敷に住んだ女性・花散里
短い夏のように光源氏に愛されますが光源氏が訪ねてくるのは、ごくごくまれ…こちらも幸せとは言い難い一生を送りました。


秋の屋敷に住んだ女性・秋好中宮
秋を思わせる人生を歩んでいます…早くに母を亡くし、光源氏に養女として光源氏に引き取られた女性、寂しい思いで暮らしていました。

しかし、その後、天皇の妃になり、結果的に秋にふさわしく実り豊かな幸せを手にしています。

 

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冬の屋敷に住む女性・明石の君
その人生は、冬ならではの厳しいものでした…明石の君は、光源氏兵庫県の明石で出会った没落貴族の娘です。…光源氏に見初められ都に誘われるが身分不相応だと自ら身を引きます。

その後、光源氏の娘を出産しますが、この時も迷惑をかけまいと一人で育てる事を決意します…このまま寂しい生活を送ると思われたその時、思わぬ幸運が訪れます。

娘が成長すると上流貴族の光源氏の子どもということで目をとめられ、天皇の妃に迎えられたのです。…母親の明石の君も付き添いとして宮中に招かれました。

その後、娘が子どもを次々出産、明石の君は孫の面倒を見て暮らします…晩年は六条院で孫に囲まれた余生を送りました。…光源氏が亡くなり、妻たちが去った後に孫たちが移り住みます。

「六条院は明石の君の子孫のためにつくられたようになったと…」(源氏物語源氏物語には書かれています。冬の厳しい時代をじっと耐え忍んで頑張りぬいた女性に紫式部は、最も心安らかな結末を用意したのです。

源氏物語の主人公、光源氏は、物語の中では50歳半ばで亡くなっています…しかし、どのような最期を迎えたか…源氏物語の中には、実は光源氏の最期は書かれていません。

最愛の紫の上の死を嘆き悲しむところで終わり、次の巻きでは唐突に光源氏の息子たちの話が始まるのです。…紫式部光源氏の死を書く事があまりにも悲しく、書けなかったとも伝えられています。

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でも…実は、光源氏の最期を描いた書物も存在します…(上記写真)幻の巻と言われ存在しなかった「雲隠」の巻で後の世に書かれたものです。

雲隠の巻、紫式部が書いたものではなく、室町時代に創作されたもの…この中で描かれているのは、僧侶姿の光源氏光源氏は出家して紫の上の菩提を弔いながら亡くなったという内容です。…最後の最後でお坊さんになっていたなんてチョット意外な内容です。

源氏物語は、その後、1000年に渡って読み継がれ多くの人に影響を与えました…戦国時代、天下を統一した豊臣秀吉源氏物語を解読し、その解説書を自ら書き写した物が残っています。

下級武士から関白に出世を遂げた秀吉が貴族文化を学ぶ教科書としたもの…秀吉の成功を支えました。

黒黒船来航で日本が開国すると源氏物語は、海外からも注目されます…英訳を手始めにトルコ語アラビア語など20カ国以上に翻訳され、その魅力が伝わっていきました。

その後、1939年に第二次世界大戦が勃発、世界中に戦火と絶望が広がる中、一人のアメリカ人学生が源氏物語と出会います。…ドナルド・キーンさん、後に日本文学の研究者となる人物です。

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現在、東京に東京に住むキーンさん、大戦中、源氏物語と出会った時の衝撃を次のように振り返っています。

それは夢のように魅惑的で
どこか遠くの美しい世界を
鮮やかに描き出していた。

物語の中では対立は暴力に
及ぶ事がなかったし
そこには戦争が無かった
私は自分を取り巻く世界の
嫌なもの全てから
逃れるために
この本のページを
開いたのだった。(D.キートン『私と20世紀のクロニクル』より)

源氏物語との出会いで人生が決まり、ついに今年、東日本大震災をきっかけに日本への永住を決めたキーンさん、今でも源氏物語を読み返すといいます。

日本文学研究者 ドナルド・キーンさん
「どんなに丁寧に読んでも、まだもう一つ残ってる、もう一つ見るべきもの、読むべきものがあると…それは、大傑作の定義みたいなものだと思います。源氏物語は、私の救いになりました…紫式部に心から感謝しています」

人の人生をも動かしてきた源氏物語光源氏と女性たちが織りなす愛の物語は、1000年経った今も私たちの心をとらえ続けているのです。