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情熱のタクト~指揮者・佐渡裕 ベルリンフィルへの挑戦

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NHKハイビジョン特集
「情熱のタクト~指揮者・佐渡裕 ベルリンフィルへの挑戦」

2011年5月18日 100人を超す演奏家たちが勇ましい音を鳴らすステージ・・これから世界最高峰のオーケストラによるリハーサルが始まろうとしています。

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(Berliner Philharmoniker)どの楽器も名手揃いのスター軍団です・・このオーケストラの指揮台に立てるのは・・
ヘルベルト・フォン・カラヤン
小澤征爾
といった一流と認められた人のみ・・この栄光の指揮台に今年5月日本人指揮者 佐渡裕(50歳)が立つ事になりました。

ドイツ・ベルリン・・市の中央、崩壊したベルリンの壁のそばにフィルハーモニーホールがあります・・来年創設130年を向かえます。

ベルリン・フィルの歴史は常に伝説的な指揮者とともにありました・・戦前オーケストラの基盤を造り上げたのがウィルヘルム・フルトヴェングラー(1986-1954)、戦後は帝王と呼ばれたヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)がベルリン・フィルを世界最高峰のオーケストラに育てました。

カラヤンの後を継いだのはオーケストラの自発性を重んじるクラウディオ・アバド(1933-)・・現在の芸術監督は、イギリス人のサイモン・ラトル、現代音楽を積極的に取り入れレパートリーを大きく広げました。

偉大な指揮者を芸術監督に持ちながらベルリンフィル定期演奏会の2/3に客演の指揮者を向かえています。

ベルリンフィルのリハーサル時間は2日間、6時間です・・佐渡はこの短い時間で最高レベルの音楽を作り上げなければならないのです。

新しく来た指揮者には楽団員からひときわ厳しい目が向けられます・・ベルリンフィルにふさわしい指揮者かどうかあらゆる点からジャッジされるのです。

指揮者 佐渡裕
「オーケストラの前で気持ち良く振ってるとそれが全てのように思う方が一般的に多いと思いますが練習で9割方決まります・・指揮者とオーケストラの関係が出来て演奏会が成功するかどうか」

ベルリン・フィル 第一バイオリン奏者 マヤ・アフラモヴィチ
「私達のオーケストラの強みは演奏者が主導権を握れる事なんです」

ベルリン・フィル 主席オーボエ奏者 アルブレヒト・マイヤー
「世界的に有名な指揮者で何度か共演した事のある人でも歓迎されるとは限りません・・ある指揮者が私にこう言いました『どうすればいいのかわからないまるでライオンの檻の中にいるようだ』と」

新人指揮者にとってリハーサルは試される場、演奏家たちのジャッジによって再び客演に呼ばれるかどうかが決まります。

今回、そのリハーサルの一部始終を撮影する事が許されました・・。

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指揮者 佐渡裕の原点と歴史
佐渡は指揮の基礎を独学で学びました・・小学校の卒業文集には『ベルリンフィルの指揮者になる』と書いていたが音楽大学で選んだのはフルート科です。

指揮を始めたのは大学1年の時、女子高校の吹奏楽部のコーチを引き受けたのがキッカケでした・・佐渡はアニメの主題歌しか演奏できなかった部員達を熱血指導、京都府のコンクールに金賞を狙って出場します。

指揮者 佐渡裕
「終わった時に会場が拍手というより、『おー!』っというどよめきでした」

コンクールの結果は銅賞、理由は文化祭ではいいかもしれないがコンクールではこういう演奏は認められないということでした。

指揮者 佐渡裕
「演奏と言うのは一つであるはずなのに、『これはコンクールに向いている』とかそういう事は許せなかったですね・・舞台の上の興奮や感動をお客様に伝えるものだと思っていましたから」

審査員には認められませんでしたが佐渡はこの時、高校生達から大切なものを学んだのです。

指揮者 佐渡裕
「今回もベルリン・フィルの指揮台があるんですが僕は何も変わって無いと思います・・高校生の彼女達と造った音楽の充実感、コンクールでは否定されましたが今でも大きなものです」

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26歳、アメリカのタングルウッド音楽祭で佐渡は人生を左右する出会いをします・・世界的指揮者レナード・バーンスタイン(1918-1990)彼の目にとまりその後2年間、弟子として迎えられるのです。

指揮者 佐渡裕
「どうしたらピチっと揃うのかとか、そういう方向に自分の思考が行くと止められました『お前は、お巡りさんなのか』って言い方をされました・・一瞬の一振りでオーケストラを宇宙に飛ばすような音がそこに書いてあるだろうと言うような事を教わりました」

1989年28歳の時、若手指揮者の登竜門、ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝、小学校の頃の夢への一歩がこの時から始まったのです。

佐渡のドイツへの挑戦は、初めてではありません35歳の時、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団を指揮する機会に恵まれました・・しかし、それまで佐渡が学んできたものは、まったく通用しなかったのです。

指揮者 佐渡裕
「明らかに最初の練習から指揮者とオーケストラの間に壁がありました・・それを崩す事も出来ずに本番を迎えた感じでした・・その時に欠けていたのがみんなに興味を与えると言うか何かものを創り出そうという意欲が湧くような指摘が出来なかったそれにつきます・・なぜ出来なかったかと言うと伝統の前に恐れをなしたんでしょうね」

30代の佐渡はパリを拠点に海外の演奏家たちと渡り合う術を磨き始めます・・客席に空席が目立つような楽団からでもオファーがあれば主席指揮者を引き受けました。

そしてその再生に情熱を注ぎ3年間で定期会員を4倍に増やしました・・こうした実績が認められヨーロッパの名門からオファーが集まり、これまでに50ものオーケストラで指揮をしてきました。

そして今年50歳、ベルリン・フィルに挑戦するのです。

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そして2011年5月18日ベルリンフィルとの最初のリハーサルを迎える
佐渡が指揮するのは2曲、その内、ロシアの作曲家ショスタコーヴィチ交響曲第5番 ニ単調で真価を問われます・・1930年代、ロシア革命を讃えながらもその犠牲になった民衆への思いも込めたショスタコーヴィチの代表作です。

ベルリン・フルで何度も演奏されてきた交響曲第5番、どんな新しい解釈を示す事が出来るかが勝負です。

リハーサルは1日3時間、2日間にわたって本番と同じステージで行われます・・その中でも指揮者との最初の練習を楽団員はファースト・コンタクトと呼び特に大切な時間ととらえています。

ベルリン・フィル 主席オーボエ奏者 アルブレヒト・マイヤー
「指揮者とうまくいくかは初めの10分でわかります」

ベルリン・フィル 第1コンサートマスター 樫本大進
「リハーサルの初めが一番重要です・・一番初めの雰囲気と空気でみんなの意見が決まっちゃうところがあるので自分なりの音楽を伝える為には、リハーサルの初めは重要です」

ファースト・コンタクトと呼ばれる最初の練習で指揮者は独自の曲の解釈と統率力を示さなければなりません・・出だしで躓くと残された時間で挽回するのが難しくなります。

午前10時100名を超える演奏家が定位置につきました・・リハーサル初日、ファースト・コンタクトの始まりです。

大切な最初の10分、佐渡ショスタコーヴィチの第1楽章から始めました・・リハーサルが始まって4分半、佐渡は演奏を止め細かい指示を各パートに出します・・その9秒後、更に40秒後、演奏を止めます・・戸惑いを見せる楽団員。

佐渡はリハーサル開始から11分間に合計4回止めて細かい指示を繰り返し出しました・・そして練習は佐渡がレクイエムとこだわる第3楽章へ・・チェロが悲痛なメロディーを奏でる場面です。

佐渡「ピアニシモを保って下さいチェロだけメゾフォルテで表現豊かに・・白黒の写真でチェロだけに色がつく例えば赤、はっとするような色です」

このアドバイスをキッカケに楽団員の反応が変わり始めます・・。

ベルリン・フィル 主席チェロ奏者 オラフ・マンガニー
「オーケストラは指揮者が心を開いて音楽について語った時に反応します・・指揮者が音楽で伝えたい事を我々は待っているのです・・心を開いて音楽を語る勇気があれば簡単にわかりあえるのです」

ベルリン・フィル 第1コンサートマスター 樫本大進
「ああいうふうに言ってくれるとイメージ出来るのですごくわかりやすいじゃないですか・・細かい指示だけだと最終的にどういう絵が欲しいのか理解できません・・指揮者が自分のイメージを語ってくれるとやりやすいのです」

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第3楽章には、オーボエが悲しくも美しい旋律を謳い上げる場面があります。

佐渡「ここは自由なソロです拍子は刻みません自由に子守唄のように」

ベルリン・フィル 主席オーボエ奏者 アルブレヒト・マイヤー
「普通あそこはテンポをくずさず演奏しますが佐渡は理想のイメージを説明し自由に演奏していいと言ってくれた・・とてもいいアドバイスで彼の意図はよく伝わりました」

初日、2時間のファーストコンタクトが終了しました。

リハーサル2日目 この日も第1楽章からスタートします・・中盤で金管楽器が加わって盛り上げて行く場面があります。

ここでトランペット奏者から曲の解釈の異論が・・佐渡が自分の解釈を語り金管セクションは納得します。(ベルリン・フィル 主席トランペット奏者 タマーシュ・ヴェレンツェイ)

第2楽章 ショスタコーヴィチに費やせる時間もあと1時間、佐渡は自分の考える曲の解釈をより深く掘り下げて行きたいと考えていました。

佐渡「管楽器がカメラのフラッシュみたいに強く『バン』と鳴った後、急に静かになる『次第に』ではありません『急に』です」

2日間、合計4時間にわたるショスタコーヴィチのリハーサルが終わりました。

ベルリン・フィル 第1バイオリン奏者 町田琴和
「だんだん受入れる事が多くなって行く、共感する事が増えるにつれて許容度が広がると言うか間口が広がると言うかそういう気がしました・・みんなが彼の事を受入れて彼のしたいことをやろうと思うようなそういう雰囲気になりました」

ベルリン・フィル 主席フルート奏者 エマニュエル・パユ
「指揮者の音楽的な世界観、つまり彼が表現したい事、それを私達はリハーサルで聞きたいのです・・佐渡は自分の考えをもっとはっきり示しても良かった。そうしないとリハーサルが強弱の話だけに終わってしまいます・・どちらに進めばよいか、何を表現すべきか全員がはっきりわかればその後は私達の仕事です」


2011年5月20日 ベルリン・フィル定期公演会 佐渡ベルリン・フィルデビューです・・チケットはほぼ完売、これまでの2日間は上々の出来だった佐渡を最後にジャッジするのは耳の肥えたベルリンの聴衆たちです。

オーケストラの力を最大限に引き出し聴衆をうならせるような音楽を届けられるか佐渡は勝負の舞台へと向かいます。

ショスタコーヴィチ作曲 交響曲第5番 ニ単調 指揮 佐渡裕

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佐渡への拍手は鳴りやみません。

観客A「彼が放つエネルギーが楽団全体に伝わっていました」
観客B「彼はもてる力を全て作品に込めていると感じました」
観客C「ひきこまれました・・彼の音楽の形がしっかりしていた・・そして音楽家に活力を与えていた」
観客D「彼の熱意が目に見えるようで演奏家も引き込まれていました」

ステージから戻った佐渡を迎えたのは、ともに音楽を作ってきたベルリン・フィルのメンバーたち・・。

公演終了後、現地の有力紙は・・・

ターゲス・シュピーゲル
「大勝利!注目に値する・・ベルリン・フィルはどのデビュー指揮者に対してもこれほど献身的に演奏するわけではないからだ」

ベルリナー・ツァイトゥンク紙
「オーケストラは佐渡に献身的につき従い、絶望・繊細さ・抵抗・痛みを圧倒的な強度で伝えた・・それ以上に揺さぶられたのは魂だった」

ベルリン・フィルから再び客演のオファーが来るかどうか・・来るとしてもいつ来るかはわかりませんが帰国すると佐渡には別の演奏会が待っています・・指揮者 佐渡裕 50歳・・人々の心を熱くするタクトでまたステージに立ちます。