NHK COSMIC FRONT コズミックフロント ~発見!驚異の大宇宙~
ダークエネルギー 発見!加速する宇宙
宇宙は奇妙な力に支配されている
ニューヨークで毎年15万人を集める科学の祭典、ワールド・サイエンス・フェスティバル・・今、世界で最もホットな科学の話題についての講演会が開かれていました。
ダークエネルギー(dark energy)それは世界中の科学者を惑わせる常識外れの概念でした。
物理学者
「リンゴを中に投げ、リンゴが落ちてこないどころか逆に吹っ飛んで行くのです・・まさに驚きです」
理論物理学者
「何かがリンゴを上へ上へ押し上げているわけです・・宇宙には驚くべき力があるのです」
もし冗談だったらどうする・・そんな歌が作られるほどダークエネルギーは常識では考えられないものでした・・それはニュートン以来の物理法則を根底から覆すもの重力の反対に作用する・・いわば反重力です。
この為、宇宙は加速しながら膨張している事がわかりました・・将来的にはノーベル賞といわれる大発見です。
人類の宇宙観に革命を起こしたダークエネルギー、世紀の大発見はどのように成し遂げられたのか・・その発見の物語です。
ニュートン以来の重力に支配された宇宙観を根底から覆したダークエネルギー、その発見には人類永遠の問いが深くかかわっています・・宇宙はどのように始まり、その未来はどうなっているのか。
偉大な科学者たちの研究により、20世紀の中頃には宇宙の始まりについては、おおよそわかるようになっていました・・宇宙はビッグバンで始まり、その後膨張して現在の姿になった。
残された謎、それは、・・宇宙の未来はどうなるのか?
物理学の常識では、宇宙の膨張はやがて減速する・・ビッグバンで勢いよく膨張し始めた宇宙は、やがで重力の影響で膨張速度が落ちると考えられたからです。
そこで科学者たちは、宇宙の未来について2つのストーリーを予測していました。
1.宇宙に銀河などの物質が多い場合
お互いに強く引きあうため宇宙は、やがて収縮へと転じ、崩壊・つぶれるという未来です。
2.物質が少ない場合
お互いに引き合う力が弱いため、減速しながら膨張し続けるという未来です。
この宇宙の未来を知るためには、遠くの宇宙がどのくらいの速さで膨張しているか観測しなければなりません・・20世紀、数多くの天文学者がこの観測に挑み続けてきました。
Fronto1 異端者 物理学者チームの参戦
1988年この課題に意外なチームが挑みます・・アメリカ・ローレンス・バークレー国立研究所のサウル・パールムッターさん、実はメンバーの殆んどは物理学者でした。
なぜ物理学者が宇宙の未来という天文学の分野に参入したのか
ローレンス・バークレー国立研究所 サウル・パールムッター博士
「私たちが解明したかったのは、宇宙の運命は? ということでした・・これは物理学における重要かつ根源的な疑問ですがこの疑問に答えるには、天文学の知識が必要だったのです」
ではどうやって遠くの宇宙の膨張速度を測るのか・・チームが注目したのが超新星です・・あらゆる天体現象の中で最も明るく遠くの宇宙を調べるには最適でした。
特にⅠa型超新星は光の成分が同じです・・しかも、その対になった星から物質を吸い、一定の質量になったその瞬間に爆発する為、ほぼ同じ明るさと考えられました。
言わばⅠa型超新星は、宇宙の灯台のような役割です・・この性質を使って超新星までの距離と膨張速度を測る事が出来ます。
①地球までの距離
まず距離についてはⅠa型超新星の明るさが同じとみなせるため、遠くにあるものほど暗く見え、地球までの距離が測れます。
②遠ざかる速度
光は波の性質を持つため宇宙が膨張して超新星が遠ざかると波長が伸ばされて赤くなります・・この赤くなる程度を測る事で遠ざかる速度がわかるのです。
超新星の距離と遠ざかる速度は、地球の近くでは一直線に並びます・・これは宇宙が一定の割合で膨張している事を示しています。
もし遠くの超新星の速度が近くとあまり変わらなければ、宇宙は一定の割合で今後も膨張すると予想されます・・もし速度が速ければ近くなるほど減速した事になり、いずれ宇宙は収縮に転じます。
つまり、遠くの超新星を観測できれば宇宙の未来を読み解く事が出来ると考えたのです。
ローレンス・バークレー国立研究所 サウル・パールムッター博士
「遠くの超新星を観測するだけでこれほど宇宙の根源に迫れる方法など無いと考えました」
しかし、問題がありました・・超新星は一つの銀河で100年に1度のまれな現象です。計画的に見つける事は誰も成功していませんでした。
そこで作戦を立てました。1度に数万個の銀河を撮影、時間をおいて再び撮影します・・2つを見比べて明るい点が現れていたら超新星だというアイデアでした。
ところが遠くの超新星を観測できるような大型望遠鏡は、何の実績も無い物理学者には使わせてもらえませんでした。
ローレンス・バークレー国立研究所 サウル・パールマッター博士
「つまり、鶏と卵の問題でした・・観測時間をもらえないから超新星を発見できない・・証明できる事を説明できなかったから観測時間がもらえなかったのです」
チームは粘り強く交渉を重ね、ようやく望遠鏡を確保しますが3年以上成果が上げられない日々が続きます。
1992年、アイザック・ニュートン望遠鏡(スペイン・カナリア諸島)で遂に超新星の候補を見つけます・・しかし、もう望遠鏡の予約がありませんでした。
パールムッター博士はすぐに行動に出ます・・それが電話攻撃でした・・世界中の天文学者に電話して ”貴方の観測時間を割いて私たちの為に観測して欲しい” とお願いしたのです。
ローレンス・バークレー国立研究所 サウル・パールムッター博士
「望遠鏡を使っている天文学者たちが絶対聞きたくない唯一の名前が『パールムッター』だったと思います・・それは私が観測を頼んでくる不吉な電話だったからです」
「よくこんなふうに言ったものです・・また電話してすみません、いつも貴方を困らせる人間ですよ。でもかなり遠くにある超新星を発見したようですので観測していただけるなら素晴らしい事なんですが・・とね」
世界中の天文学者でパールマッター博士の電話を受けた事が無い人はいないと言われています。
天文学者
「彼はとても気さくで感じの良い人ですが決してNOという返事を受入れませんでした・・優秀なセールスマンといった感じで玄関のドアに足を挟み、私が『手伝います』というまで帰らないという感じでしたね」
こうしてパールマッター博士は天文学者達の協力を取り付けました・・1992年8月、ウイリアム・ハーシエル望遠鏡(スペイン・カナリア諸島)がその超新星をとらえました。・・それは、これまで発見された最も遠いⅠa型超新星でした。
ローレンス・バークレー国立研究所 サウル・パールムッター博士
「まさに我々が探し求めていた超新星でした・・それまで観測されて中で最も遠いところにありました・・これほど遠い超新星を発見できる事を初めて示す事が出来たのです」
Front2 天文学者チームの逆襲
物理学者が成し遂げた成果は長年超新星を観測してきた天文学者達を驚かせました・・その一人、オーストラリア国立大学のブライアン・シュミットさん。
シュミットさん達、天文学者はパールムッターチームが見つけた超新星の追跡調査に応じていました・・そこで衝撃的な事実を知らされます。
オーストラリア国立大学 ブライアン・シュミット教授
「驚いたのは、彼らが短期間で7つの超新星を見つけていた事でした・・長年成果が上がらずに苦労していたのをずっと見ていましたから・・私たちは彼らの事を甘く見ていたと思います・・優れた才能を過小評価していたのです」
パールムッターチームの成功に危機感を持ったシュミット教授は、対抗するチームを作る事を決意、天文学者たちに声をかけます。
その一人、ニコラス・サンツェフさん、20年にわたって超新星を研究してきた天文学者でした。
テキサスA&M大学 ニコラス・サンツェフ教授
「私たちは遅れを取っていることを知っていました・・でスピードを上げる必要がありました・・シュミットは簡単に追いつけると言ったのを覚えています」
オーストラリア国立大学 ブライアン・シュミット教授
「当時、私は若くて自信満々でした・・彼らが見つけられるなら自分達も出来ると確信していました」
こうして物理学者のパールマッターチームに対抗して天文学者のシュミットチームが誕生しました・・1995年1月、セロ・トロロ望遠鏡(チリ ラ・セレナ)、観測を始めたところシュミットさんの作ったコンピュータプログラムが機能しないなどトラブルが相次ぎます。
オーストラリア国立大学 ブライアン・シュミット教授
「チームの終わり、自分のキャリアの終わりだと思いました・・人生の大切な1年を費やしたのに何の成果も得られなかったのです」
シュミットさんは不眠不休で観測プログラムを改良しました・・そして最後の観測日となった1995年3月、シュミットさんの下に気になるデータが届きます・・その後の観測でパールムッターチームを超える最も遠い超新星である事がわかりました。
オーストラリア国立大学 ブライアン・シュミット教授
「もう世界の終わりだと落ち込んでいたのに一気に世界の頂点に立ったように感じました・・涙が出そうなほど感激しましたし、本当に興奮しました・・彼らに対抗できるだけでなく勝てると思いました」
ここに2チームの競争の幕が上がりました・・1995年秋、両チームは直接対決をします・・同じ望遠鏡で交代で観測する事になったのです。
パールムッターチームはここで11個の超新星を発見、一方シュミットチームはトラブルが続出、観測データすら消えるありさまでした。
テキサスA&M大学 ニコラス・サンツェフ教授
「データがどこに消えたのか考えていると部屋の隅で静かにしていたシュミットが ”しまった” と言うのです・・なんと彼は誤って観測データを消してしまったのです・・私の全ての努力は水の泡と消えました・・幸いデータは戻りましたが、その時点ではシュミットを殺してやりたいと思っていました・・(笑)」
オーストラリア国立大学 ブライアン・シュミット教授
「私はチームの期待に応えられていませんでした・・当然いらだちました。その一方でパールムッターチームがどれだけ進んでいるかを見て感心しました・・自分達も変わらなければと思いました」
結局、シュミットチームが見つけた超新星は、僅か2個・・その差は歴然でした・・宇宙の未来を解明しようとする超新星探査、圧倒的に有利のパールムッターチームは驚きの一手を用意していました。
Front3 ハッブル宇宙望遠鏡を巡る攻防
1996年1月、アメリカ天文学会にパールムッターさんの姿がありました・・会場である人物を見つけ声をかけます。
当時、宇宙望遠鏡科学研究所の所長だったロバート・ウイリアムズさんでした・・最も解像度の高い望遠鏡ハッブルを超新星の観測に使いたいと提案したのです。
目を付けたのが所長自身が持っている観測時間です。
ローレンス・バークレー国立研究所 サウル・パールマッター博士
「私は超新星を好きな日に好きな場所で見つけられる事、それをハッブル宇宙望遠鏡で追跡して成果を上げる事が出来ると説明しました」
宇宙望遠鏡科学研究所 元所長 ロバート・ウィリアムズ博士
「彼はこのプロジェクトに情熱を燃やしていました・・真剣でしたしアイデアを持っていました・・ハッブルを使えば分析の制度を上げる事が出来、これまでよりもずっと素晴らしい結果が出せると確信しましたのでやるべき事だと同意したのです」
ところが1カ月後、ウィリアムズさんは、所長室に3人の人物を招きます・・なんとパールムッターチームではなく、シュミットチームでした。
そこでウィリアムズさんは驚く事を口にします・・ハッブルを超新星探査に使わないかとシュミットチームに提案したのです。
宇宙望遠鏡科学研究所 元所長 ロバート・ウィリアムズ博士
「私はこれが非常に重要な結果を出すかも知れないと考えたので別のチームが同時に別の超新星を観測すべきだと考えました・・もし結果が食い違えばどちらかのチームの結果が妥当ではない事が明らかになるのですから」
この席にいた一人がサンツェフさんでした…
テキサスA&M大学 ニコラス・サンツェフ教授
「私たちは地上で観測できない時だけ、ハッブルを使っていいと聞かされてきました・・ですから所長から使わせてくれるとは考えていませんでした」
この知らせはパールムッターチームにも届きました…
ローレンス・バークレー国立研究所 サウル・パールムッター博士
「私たちは、その時かなり動転しました・・ハッブルを利用する研究方法を見つけたのは私たちだと思っていたからです」
宇宙望遠鏡科学研究所 元所長 ロバート・ウィリアムズ博士
「両方のチームに同じ機会を与える方が科学の発展の為に大切だと考えたのです・・その為に望遠鏡が作られたのです・・科学の為にあるのです」
こうしてハッブルは両チームが使う事になったのです・・この所長判断が後に大きな影響を与える事になります。
Front4 量のパールムッターチーム
1996年8月、パールムッターチームはハッブル宇宙望遠鏡での観測を待たずに先手を打ちます・・プリンストン大学(アメリカ・ニュージャージー州)それまでに発見した超新星のデータを基に ”宇宙の膨張は減速している” と発表しました。
当時の資料です・・縦軸は地球からの距離、横軸は遠ざかる速度を示します・・過半数が減速のゾーンにある事から宇宙の膨張は減速していると結論付けました。
しかし、この発表内容に疑問を持つ人がいました・・シカゴ大学教授のマイケル・ターナーさん、宇宙理論物理学の第一人者です。
シカゴ大学 マイケル・ターナー教授
「パールムッターは意気揚々と進捗報告をしたのですがそれは宇宙が減速している報告で曖昧な点もありました・・誤差の範囲がかなり大きかったのです・・まだ完ぺきではありませんでした」
データを良く見ると誤差の範囲が大きい事がわかります・・その為、これまでの常識に沿った発表となってしまいました。
超新星を数多く発見できるパールマッターチームですが大きな問題がありました・・距離や速度の分析が上手く行かず精度を上げる事が出来ません・・その大きな原因は宇宙に漂うチリです。
チリがあると超新星は本来の明るさより暗くなります・・つまり地球から観測すると実施よりも遠くにあるように見えてしまいデータに誤差が生じます。
しかしチームはこの分析作業よりも超新星を探す方に力を注いでいました・・こうした量を追い求めるチームの体制に疑問を感じるメンバーがいました・・アレックス・フィリッペンコさん、新星分析の第一人者でした。
カルフォルニア大学バークレー校 アレックス・フリッペンコ教授
「チームはやや階層的でした・・一人のリーダーがいてその下に多くのスタッフがいるといった感じです・・ですから私の意見はあまり重視されていないと感じる事がありました」
フィリッペンコさんはチームを去る事にしました・・そしてなんとシュミットチームに移籍する事になったのです。
Front5 質のシュミットチームの巻き返し
超新星の数で後れを取っていたシュミットチーム・・フィリッペンコさんの加入はチームの大きな力となりました・・分析の制度が格段に上がったのです。
オーストラリア国立大学 ブライアン・シュミット教授
「フィリッペンコの超新星分析に関する知識は不可欠でした・・彼がいなかったら正しい情報を得られなかったでしょう」
こうして分析する体制が整ったチームには更に切り札となる人物がいました・・ジョン・ホプキンス大学(アメリカ・ボルチモア州)のアダム・リースさん・・フィリッペンコさんとは師弟関係にあったリースさんは超新星のデータを解析するスペシャリストでした。
ジョン・ホプキンス大学 アダム・リース教授
「相手チームはずっと先に進んでいて自分たちは遅れていると思っていました・・しかし彼らには数多くのデータはありましたが塵をどう処理していいかよくわかっていなかったのです」
そこでリースさんが開発したのが塵の影響を補正する方法でした…
ジョン・ホプキンス大学 アダム・リース教授
「もし超新星の前に塵があったら本来よりも暗く、赤く見えるのです・・私の方法ではどの超新星が塵の影響で赤いのかわかるのです」
宇宙空間に塵があると超新星は赤く見える・・これは大気中に塵があるため夕日が赤く見えるのと同じ原理です・・この赤くなる程度を計測して塵の影響を補正するという方法です。
結果は劇的でした・・上記2枚の画像の上が従来の方法で分析した超新星の観測結果、誤差の範囲が大きい事がわかります・・これをリースさんの分析で計算し直すと下の表になります。
その精度は従来の方法より9倍も高まりました・・更にチームにとって大きなプレゼントが届きます・・1997年春、ハッブル宇宙望遠鏡を使って最も遠い超新星の観測に成功します。
1997年秋、チームはリースさんを中心にデータの分析を始めました・・超新星のデータをコンピュータで計算させたところ思いもよらない結果が出ました・・その時のノートが今も大切にとってあります。
ジョン・ホプキンス大学 アダム・リース教授
「これはデータ収集を行い分析していた頃に使っていたノートです・・それは驚きでした・・なぜならこのマイナスの記号は、宇宙は『減速』ではなく『加速』している事、そして『重力の反対に働く力』が必要であると示していたからです」
Ωmとは宇宙にある物質密度をあらわします・・物質がマイナスになる事はあり得ないのです。
ジョン・ホプキンス大学 アダム・リース教授
「こう思いました『なんてこった・・どこかでひどい間違いをしたに違いない』、と・・私は数週間、いらいらしながら問題点を探したり、チェックをしました」
オーストラリア国立大学 ブライアン・シュミット教授
「データを見れば明らかでした・・宇宙の膨張速度は減速するどころが加速していたのです・・かなり興奮しましたがあまりに突拍子も無い結果だったので怖くなりました・・頭の片隅では、どこかで間違えたんだろうなと思わずにいられませんでした」
2人が直面した加速する宇宙、それは重力の反対に働くという常識外れのエネルギーの存在を示していました・・この時、2人の前には、亡霊のようにある人物が浮かび上がっていました。
アルバート・アインシュタイン(1879-1955)
あの天才物理学者、アインシュタインです・・アインシュタインは、一般相対性理論を使って宇宙の未来を計算したところ重力によって潰れてしまう事に気付きました。
宇宙は永遠に変わらないと考えたアインシュタインは、自らの方程式にあるものを加えます・・それが重力の反対に働く不思議な力、Λ(ラムダ 宇宙項)といわれるものです。
ところがその後、観測から宇宙が膨張している事が明らかになります・・アインシュタインは、Λを加えた事は人生最大の過ちと言い残し、宇宙論から立ち去りました。
オーストラリア国立大学 ブライアン・シュミット教授
「Λ(ラムダ)は歴史上ずっと使われてきましたが、その都度、間違っていました・・ミスの連続だったのです・・天文学会ではもの笑いの種でもありました・・ところが私は、分かっていないのは皆さんの方ですよΛは正しいのですと、言わなければならない状況になったのです・・そんな事は言いたくないと思いました」
2人は計算に間違いが無いか一からチェックする事にしました・・当時、リースさんはアメリカ、シュミットさんはオーストラリアにいました。
12時間も時差がありましたが1ヶ月半もの間、毎日連絡を取り合いました・・当時、シュミット夫妻を困らせたものは、リースさんから時間構わずかかってくる電話です・・時差の事など全くお構いなし・・奥様は大変ご立腹だったようです。
1998年1月8日、結論は変わりませんでした・・全てのチェックを終えたシュミットさんは、リースさんにこうメールしました。
「Hello Lambda!」(ハロー ラムダ)
アインシュタインが撤回した重力と反対に働く力は、蘇りました・・こうして遅れを取っていたシュミットチームは一気に巻き返し、宇宙の加速膨張という驚くべき真実に近づいて行ったのです。
Front6 パールムッターチーム 起死回生の一手
ところが事態は急展開します・・時は同じ1998年1月8日、アメリカ天文学会でパールムッターチームが驚きの発表を行います。
なんと40個以上の超新星のデータを示し、宇宙は永遠に膨張すると発表したのです・・1年半前の宇宙は減速しているという結論から180度変わっていました・・パールムッターチームにいったい何があったのか・・実は一つの超新星がキッカケでした。
1997年5月、チームはハッブル宇宙望遠鏡である超新星の観測を行いました・・1997ap、これまでに最も遠くにある超新星です。
分析を担当したのがピーター・ヌージェントさん、超新星を専門とする天文学者です。
ローレンス・バークレー国立研究所 ピーター・ヌージェント博士
「分析結果を初めて見た時は心配になりました・・それまでのデータとはまったく違ったものだったのでチェックしなければいけないと」
それは衝撃的なデータでした・・超新星1997apは、減速のゾーンではなく加速のゾーンに飛び出ていました・・ヌージェントさんが疑ったのは、塵の影響でしたがこの超新星にはチリの影響はありませんでした。
加速膨張を確信したヌージェントさんは、すぐにチーム全員にメールを送りました。
「これが宇宙だ!」と…
パールムッターさんは、このデータをどう考えていたのでしょうか。
ローレンス・バークレー国立研究所 サウル・パールムッター博士
「それは驚くべき事でしたが、その時点では何か間違えたんだろうと思っていました」
ローレンス・バークレー国立研究所 ピーター・ヌージェント博士
「彼が宇宙の加速膨張に飛び付いたかというと、すぐには飛びつきませんでした・・しかし彼は非常に鋭い人なのでもっとデータを集めて、観測結果が正確かどうか確かめようといいました」
宇宙の膨張は減速すると自ら発表したものの、その逆の結果が出てきたのです・・一方でライバルチームの進捗状況も気になっていました。
ローレンス・バークレー国立研究所 サウル・パールムッター博士
「今回の結果は、物理学と天文学を大きく変えてしまうサプライズだったので想定できるだけのチェックを行い、自分自身も納得してプレゼンしなくてはなりませんでした・・早く発表したいと思っていました」
チームは数ヶ月をかけデータを集めました・・そしてそれまでの発表内容から180度舵を切って発表を行ったのです。
このデータを見たシュミットさんは衝撃を受けます。
オーストラリア国立大学 ブライアン・シュミット教授
「彼らは宇宙が加速している事については、あまり触れませんでしたがデータを見れば私達と同じ結論に至っている事は明らかでした・・突如として私たちは同じ答えを出している事に気付いたのです」
全てが慌ただしく動いていました・・1998年1月10日、リースさんは結婚式を挙げました・・新婚旅行に行く前に自宅に戻るとチームのメンバーから大量のメールが届いていました。
「データでは、Λ(ラムダ Lambda)を必要としているように思えるが気持ちとしてはおかしいと思っている」
リースさんは急いでメールを書きます。
「パールムッターチームが嗅ぎ付けるける前に発表すべきだと思う」
「データからは、Λ(ラムダ Lambda)はゼロではない・・頭や心ではなく目を信じよう」
「我々は、観測者じゃないか」
オーストラリアからはシュミットさんも続きました。
「今なら優位に立てる・・論文を出そう」
チリからは、サンツェフさんも送ってきました。
「本当によくやったと思う・・こんな大きな科学上の成果は、そうそうあるもんじゃないぞ」
メンバーは15通のメールをやり取りし、加速膨張する宇宙の発表を決めました・・気が付くとリースさんの目の前に凄まじい形相の新妻が立っていました。
こうしてリース夫妻は新婚旅行に出かけました・・行先はハワイ、ところがリースさんはここでも妻を残して現地の天文台で超新星を観測し、その後、新婚旅行の続きをしたのでした。
数年にわたる両チームの争いも終盤を迎えていました・・常に先行してきたパールムッターチーム、一度は減速と発表したものの加速という事実に気付きました。
対するシュミットチームは、分析の質で一気に宇宙の真理に近づきました・・両チームは、2つのものと戦っていました。
1.ライバルチームに先を越されないようにする事
2.宇宙の膨張は減速するという科学の常識との戦い
目指すゴールは間近に迫っていました…
Front7 そして宇宙観が変わった
1998年5月、フェルミ国立加速研究所(アメリカ・イリノイ州)重力の反対に働く謎のエネルギーに関する会議が開かれました。
会場に集まったのは天文学や物理学を代表する科学者たち60人・・ここで両チームは、宇宙が加速膨張している事をそれぞれ発表しました。
最後に、この結果を信じるかどうかの挙手が行われ、2/3の人が手を上げたのです。
シカゴ大学 マイケル・ターナー教授
「あれがターニングポイントでした・・両者の間に協力関係は一切ないにも係らず、観測結果が同じとなった事が強力な証拠となりました・・98年に宇宙論は変わったのです」
1998年5月5日 ニューヨーク・タイムズ紙・・「宇宙は加速している」という刺激的な文字が踊ります・・こうしてダークエネルギーが生まれました。
ニュートン以来の重力が支配する宇宙観に代わって、ダークエネルギーが支配する新たな宇宙観が誕生したのです。
オーストラリア国立大学 ブライアン・シュミット教授
「競争があった事で私達は、優れた天文学者になれ、より一生懸命、頑張らせてくれたと思います・・この結果には、とても満足していますし誇りに感じています・・これは科学に対する称賛だと思います」
ローレンス・バークレー国立研究所 サウル・パールマッター博士
「宇宙には私たちが知らない何かで出来ているというまったく新しい可能性を切り開いたのです・・科学者たちがドラマチックな前進と表現するのを聞いて、これが大発見だと実感しました」
世紀の発見、ダークエネルギー・・今日も世界中の研究者たちが正体の解明に挑んでいます・・科学は新たな時代に突入したのです。