NHK コズミックフロント COSMIC FRONT
始動!史上最大の望遠鏡 見えない宇宙に迫る
重さ100トンの巨大なアンテナが南米アンデスの高地をゆっくりと登ってゆきます・・現在建設が進むアルマ望遠鏡のパラボラアンテナです・・坂道でも水平を保てる特殊車両で山の上へと運ばれて行きます・・車両の幅に合わせてこの道も作られたのです。
アンテナは5時間がかりで標高5000mの山頂に到達しました・・林立する20台ものアンテナ、これら全てがアルマ望遠鏡のアンテナです・・組み合わせて使うことで史上最大の望遠鏡を実現しました・・アルマ望遠鏡は、電波望遠鏡です。光では見えない宇宙を電波で観測します。
2011年9月30日、建設開始から8年、ついに本格的な観測が始まりました。そして今、世界中の天文学者がアルマ望遠鏡に期待を寄せています。
天文学者
「アルマ望遠鏡は、科学の枠組みを変えるでしょう・・なぜなら、これまでにない解像度で宇宙をとらえる事が出来る望遠鏡だからです・・アルマが今でも未解決な宇宙の謎に終止符を打つでしょう」
Front 1 アルマ望遠鏡への道
今回の舞台は、チリ北部・アンデスの高地です・・目の前に広がるのは見渡す限りの赤茶けた大地、アタカマ砂漠です。年間降水量50m、ほとんど雨が降らない乾燥地帯です。こうした乾燥した気候が天体観測には最適なのです。
アルマプロジェクトに参加しているのは、日本を含む東アジア、北米、ヨーロッパの3つのグループで日本からは国立天文台から技術者や科学者が数多く参加しています。
標高5000mには、巨大なアンテナが林立する不思議な光景が広がっています。アロマ望遠鏡のパラボラアンテナは、日本、アメリカ、ヨーロッパのそれぞれが作っています。よく見るとパラボラアンテナの形が3種類あるのです。
必要とされる性能だけを決め、3者が持てる最高の技術を使って設計したパラボラです・・3者が競い合いながらアルマ望遠鏡を作り上げています。
アルマ天文台 タイス・ド・フラーウ所長
「3グループの協力は、とても重要です。それ無しにはアルマはとうてい実現できません。力を合わせることが何よりも大切なんです」
2013年、アルマ望遠鏡が完成すれば、66台ものアンテナが差渡し18キロの広大なエリアに展開されます・・史上最大の電波望遠鏡プロジェクトです。アルマ望遠鏡ではこれらのアンテナを組み合わせて使うことで世界最高の性能を実現します。
アルマ望遠鏡の仕組みは、多数のアンテナを使って一つの天体を狙います・・こうして全体を1台の巨大な望遠鏡として使うことでより遠くの天体からの微かな電波まで捉えることができるのです。
Front 2 見えない宇宙に電波で挑む
そもそも天文学者たちは、どうして電波で宇宙をとらえようと思ったのでしょうか・・それは電波でしか見えない宇宙があるからです。
カール・ジャンスキー(1905-1950)
1931年、アメリカ・ベル研究所のカール・ジャンスキーは、電波通信の妨げとなる雑音の調査をしていました・・ジャンスキーはアンテナを20分に1回回転させて空の雑音の分布を調べました・・データをとるうちジャンスキーは偶然、不思議な現象に出会います。
アンテナを回してゆくと必ずある方向から強い電波が出ていました。そこで更に時間をかけて詳しく調べると、強い電波の源は、毎日少しづつずれてゆき1年で元の位置に戻ってきました・・この現象でジャンスキーは、謎の電波は宇宙から来たと結論付ました。
その後観測、研究から電波はいて座の方向にある銀河中心から来ていることがわかったのです・・銀が中心は黒いガスの向こう側にあり、光では見えません・・しかし、電波は黒いガスとチリを越えた向こう側からやってきたのです。
実は、電波にはガスやチリをすり抜けてやってくるという性質があります。その為、電波を使えばガスやチリの向こう側にあるものをとらえることが出来る…ジャンスキーの発見はそのことを教えてくれたのです。
そして数多くの研究者たちが見えない宇宙に電波で挑むことになったのです・・そして、より微かな電波を捉えようと、どんどん大きな電波望遠鏡が作られてゆきます。
その一つの究極の姿がアメリカ・グリーンバンク望遠鏡です。直径100mのパラボラは、2000枚ものパネルで出来ています・・世界最大級の動く構造物です。総重量7600トンもの巨体が天体を追いかけ観測します。
Front 3 アルマ誕生をささえた日本人
2011年9月10日、この日、空港に一人の日本人の姿がありました…アルマ計画の生みの親の一人、石黒正人さんです。
元 国立天文台アルマ推進室長 石黒正人 名誉教授
「これでチリにアルマプロジェクトで来るようになってから19年目です…まず5000mにあるアンテナの林を見てみたいですね」
石黒さんは、2年前に国立天文台を定年退職するまでずっとアルマ望遠鏡の建設計画に携わってきました・・いよいよ初観測を迎えようとしているアルマ望遠鏡を見るためやってきました。
石黒さんがアルマ望遠鏡に関わり始めたのは、今から30年前の事、アルマは石黒さんの人生の大きな部分を占めています。
1980年代、石黒さんは、野辺山宇宙電波観測所で研究を行なっていました。光では見えない宇宙をとらえることが出来る電波の魅力にとりつかれたからです・・研究を続ける中、石黒さんたちは宇宙を更に探るための、ある野心的な計画を立てました。
野辺山に干渉計アンテナを50台設け解像度を一気に高めようという計画です。更に石黒さんたちは、アンテナの台数を増やすことに加え、それまでとは別の波長で観測しようと考えました。
天体観測には、…
センチ波(波長が長い)
ミリ波(波長が短い)
サブミリ波(最も短い)
の3種類が使われます・・波長が短いほど細かくデータがとれるためサブミリ波は電波の中で最も解像度の高い画像を得ることのできる波長です。
全く新しい宇宙の姿をとらえることができるサブミリ波、しかし、サブミリ波での観測にはとても高いハードルがあります。
元 国立天文台アルマ推進室長 石黒正人 名誉教授
「野辺山の大気では電波の吸収というものが起きまして電波が弱まってしまうのです」
野辺山はサブミリ波の観測には向かないのです・・実は、サブミリ波は水蒸気に吸収されるという性質を持ち地上には殆ど到達しないのです・・そこで石黒さんたちは、中国やハワイなど世界各地を調査しました。
世界的高性能とされるハワイ・マウナケア山頂の電波望遠鏡設置付近でもかなりのサブミリ波が水蒸気により吸収されていたのです・・そして最後に残った候補地が乾燥した砂漠のチリの高地でした・・道無き道を走り回り、沢山の巨大パラボラアンテナを建設できる場所を探し回りました。
よさそうな所を見つけると気象観測を行いポイントを絞っていきました・・このアタカマ高地で調べてみたところ他のどの場所よりもサブミリ波を沢山受けることができる貴重な場所だとわかったのです。
しかし、当時欧米は、日本とは異なる波長のミリ波専用の電波望遠鏡を計画していました…そこで石黒さんたちは日本を含め3つのグループが手を組む事を提案します。
1992年には、箱根で国際会議を開き、どういう計画が理想的か議論を交わしました…その際、石黒さんたちは自分たちが調べた現地のデータを元にアタカマ高地にサブミリ波の電波望遠鏡を作ろうと呼びかけたのです。
会議の後のパーティーでもお猪口をアンテナに見立ててサブミリ波の望遠鏡をチリのアタカマ砂漠に作りことを熱心に訴えました・・そして2001年、ついに日・米・欧が建設に合意しました・・石黒さんたちが主張したアタカマ高地にサブミリ波で観測できる電波望遠鏡を作ることが決まったのです。
市場最大の電波望遠鏡プロジェクト・アルマが動き出したのです・・この日、石黒さんは夢にまで見たアンテナのある山頂まで向かいました・・30年間思い描いた夢が今、目の前にあります。
元 国立天文台アルマ推進室長 石黒正人 名誉教授
「ノートに書いていた絵が目の前で(声を詰まらせ)…ようやく…現実になりました…感無量です」
この日、日が落ちるまで石黒さんは飽くことなくシャッターを切り続けていました。
Front 4 観測開始!
2011年9月30日、ついにアルマ望遠鏡が動き出します…調整が終わったアンテナを使っての本格的な科学観測の始まりです・・そして観測スタート、アルマからのデータが無事、観測室に届きます。
アルマ科学評価チーム 立原研悟 国立天文台助教
「歴史的瞬間に立ち会えたなと思います」
既にアルマには919件もの観測提案が寄せられています…立原さんは、この日、大掛かりな試験観測に挑戦します・・アルマを使って巨大な天体を撮ってみようと言うのです。
狙うは、5500万光年彼方の渦巻き銀河M100…電波望遠鏡は日光の影響を受けませんので日中でも問題なく観測が出来るのです…観測の手順は事前に決めてあるので一旦観測が始まればコンピュータが自動でアンテナを動かし、データを取ってゆきます…視野を動かしながら次々とデータが蓄積されてゆきます。
アルマ科学評価チーム 立原研悟 国立天文台助教
「一般の観測と比べて何十倍の速さでしかも質の高いデータが取れます」
アルマの電波を集める速度は、最終的には、これまでの電波望遠鏡に比べ100倍にもなります…しかし、ソフトウエアの不具合から2時間ほどで観測中止、得られたデータからだけで画像が作れるか結跏が出るのは週間後です。
アルマ天文台は標高2900m地点に観測室、スタッフの宿泊施設、診療所などがあり、宿泊棟には300人が寝泊りできます。
食堂は一度に100人が食事ができ、メニューは日替わりで、いろいろな国の味が楽しめます…ベジタリアン専用メニューも…生活習慣や宗教の違いに配慮しています…そして昼夜を問わず観測や作業が続いています。
Front 5 ついに見た!アルマの威力
立原さんたちがM100銀河の観測をおこなった日から2週間後、この日データの解析結果が出ました…M100銀河の中心部は白く光り、極めて密度が高くなっている事を示しています。
そこに向かって両側から流れ込む棒状のガスがくっきりと捉えられています…今回の観測から浮かび上がったm100銀河の中心部です。
銀河の腕から中心部へ流れ込む大量のガスが渦を巻きながらブラックホールへと引き込まれて行きます…集まってきたガスからは強い電波が出でいます…ダイナミックなM100銀河の姿をアルマ電波望遠鏡が描き出したのです。
アルマ科学評価チーム 立原研悟 国立天文台助教
「凄い綺麗ですね・・これぞアルマの威力を見たという感じです。今まである望遠鏡より、はるかに素晴らしいデータが取れていると思います」
立原さんは、更に細かくこの画像を分析することにしました…光で撮ったM100銀河の画像に今回撮った電波の画像を重ねると腕と腕の間の光では見えない場所に沢山のガスの塊が浮かんでいます…その数300個、今回初めて捉えられた不思議な銀河の構造です。
アルマ科学評価チーム 立原研悟 国立天文台助教
「こういった一個一個の小さなガスの塊からも星が誕生しますのでアルマの解像度のおかげで細かく、細部まで観測できるようになるのです」
今回、試験観測で捉えたM100銀河の姿です。直径10万光年の渦巻き銀河、その腕と腕の間に浮ぶ300個ものガスの塊り、一つ一つの直径は、およそ1000光年、太陽数万戸分のガスから出来てきます。
このガスの塊からは沢山の星が生まれている…ガスは星のゆりかごだと立原さんは考えています…5500万光年彼方の銀河の様子がここまで詳しく捉えられたのは世界で初めてのことです。
アルマ科学評価チーム 立原研悟 国立天文台助教
「これまで、ここまで頑張ってきてくれた先輩たちのためにも頑張っていきたい…いい成果を出したいと思います」
この日も1台のアンテナが山頂に向かいます…2013年には66台全てのアンテナが揃い宇宙の謎に挑みます…アルマは天文学の謎を次々に解決するに違いありません…10年後、科学の枠組みが変わっていることでしょう。
史上最大の電波望遠鏡アルマ…見えない宇宙を探索する科学者の挑戦は今も続いています。