NHK コズミックフロント COSMIC FRONT
驚異!ブラックホール 頭脳が見つけた奇妙な天体
今回の舞台は、世界最大規模の実験施設を擁するスイス・ジュネーブ欧州原子核研究機構(CERN)通称セルンです…宇宙の謎を追い求める、この実験施設では、ブラックホールを作りだせるといいます。
年老いた巨大な星が一生を終えます…大爆発とともに星の中心は自らの重力でどんどん縮んでいきます。最後には強い重力だけが残ります…ブラックホールです。
その重力は、光さえ飲み込むほど強力です…しかし自ら輝かないブラックホールをどのように見つけることが出来るのでしょうか。
2011年、国際宇宙ステーションの日本の観測装置は、ブラックホールに太陽のような星が飲み込まれるのを捉えました。星はブラックホールの飲み込まれる瞬間、1000万度もの高温になり、強いX線を放ちます。
突然現れた点は、星がブラックホールに飲み込まれる際、発した強いX線でした…何かを飲み込むときブラックホールは姿を表すのです。
しかし、科学者たちの間ですらその存在を巡って長い間、論争が繰り広げられました…本当に光さえ飲み込む天体がこの宇宙にあるのか…。
理論物理学者 キップ・ソーン博士
「ブラックホールは、得体のしれない奇妙なものでした…物理法則に従っていようとも、そんなものはありえないという科学者も多く、存在は強く否定し続けられてきました」
しかし、今は宇宙探求の最前線、コズミックフロントでは、ブラックホールの真の姿に迫る研究が進められています…見えない天体ブラックホール、科学者たちはどのように発見し、どこまで驚異の姿を明らかにしたのか人類の好奇心を引きつけてやまない謎の天体ブラックホールに迫ります。
Front 1 奇妙な天体ブラックホール
2008年、スイス・ジュネーブ、この町の地下に一周27キロメートルの巨大実験施設が完成しました…山手線がスッポリ入る大きさです。
ヨーロッパ、アメリカ、日本など20ヶ国以上が協力して宇宙の謎に挑む欧州原子核研究機構(CERN)通称セルンです。ここではブラックホールの正体に迫る実験も行われています。
地下100mに張り巡らされているパイプこの中で陽子はどんどん加速されます。
LHC管理責任者 マイク・ラモンと博士
「最高エネルギーに達すると陽子は光速の99.9999991%まで加速します…ほぼ光速です。そして陽子同士を正面衝突させ、その反応を観測します」
猛スピードで衝突する陽子は、超高密度まで潰されます…その瞬間、極めて小さなブラックホールが現れると考えられています。
ロンドン大学 キングス・カレッジ ジョン・エリス教授
「ブラックホールが実験で作り出せる可能性はあります…ワクワクしています」
そんな危険な実験は、即刻中止せよという訴えがアメリカとドイツで起こされました…訴えによるとたとえ小さなブラックホールでも次々と物質を飲み込みながら巨大化していくき、そして威力を増したブラックホールは、最後に地球まで飲み込んでしまう危険があるというのです。
ブラックホール…事の始まりは、およそ350年前、アイザック・ニュートンの時代まで遡ります…ニュートンが発見した万有引力の法則を元に当時の科学者が奇妙な現象を思いつきました。
星は重いほど重力が強くなり、軽いほど弱くなります…この為、重さによって星から脱出できる速度が決まります。例えば地球では、秒速11キロで重力を振り切り飛び出せます。
星が重くなるほど脱出には、より早いスピードが必要です…光の速さは秒速30万キロです…星が重くなるほど光さえ星から出にくくなるはずです。
もし、この宇宙にもの凄く重い星があって秒速30万キロの光も脱出する事が出来なかったら光り輝く事が出来ず真っ暗になります…これが理論を基に最初に考えられたブラックホールです。
アルバート・アインシュタイン(1879-1955)
ブラックホールがより具体的に研究されるようになったのは、今から100年前です…天才物理学者アルバート・アインシュタインの登場がきっかけでした。
アインシュタインは、重力の正体が時空の歪みであることを発見しました…有名な一般相対性理論です。重力の強さによって空間の歪み方が変わります。
重力の強い星ほど空間は大きく歪み直進するはずの光でさえ曲げられてしまいます…この事は、観測からも確かめられました。
ドイツの物理学者、カール・シュヴァルツシルト(1873-1916)は、一般相対性理論の方程式を解き、空間が重力によってどこまで歪むのかを調べました。
同じ質量のまま星を縮めると密度が高くなり、空間の歪みは大きくなります…星をどんどん縮めるとやがて空間は無限に歪みます。
例えば太陽なら半径3キロ、地球なら半径9ミリまで縮めると、歪みは無限大になります…これより中は光さえ出られないので見ることは出来ません。…その境界は、事象の地平線と呼ばれています…理論によるブラックホールの誕生です。
こうした事からたとえ粒子であっても潰れて超高密度になればブラックホールになると考えられるのです…しかし、たとえ小さくてもブラックホールは何でも飲み込んでいくはずだ、危険であると実験中止の訴えが起こされたのです。
物理学者のジョン・エリス教授は、CERNで生まれるブラックホールには、まったく危険はないといいます。
ロンドン大学 キングス・カレッジ ジョン・エリス教授
「ここで作られるブラックホールに心配は無用です…宇宙には高速で飛び交う粒子が沢山あって何十億年間も地球に降り注ぎ、ここでの実験のようなブラックホールが次々と生まれ続けています…しかし私たちは存在しています…ですから危険はないのです」
宇宙では無数の粒子が高速で飛び交っている、その一部は絶え間なく地球に降り注ぎ、大気とぶつかり、この瞬間にも小さなブラックホールが生まれている…しかし小さなブラックホールは誕生と共にすぐに消滅してしまう…エリス教授ら物理学者はそう主張しました…これを理由に実験中止の訴えは棄却されたのです。
何でも飲み込むと恐れられているブラックホールは、実は一瞬にして消えるという奇妙な性質も持っているのです。
Front 2 大論争が生んだブラックホール
アインシュタインの一般相対性理論を基に、ブラックホールを探求し、更に空間を通り抜けるワームホールやタイムマシンなど独創的な研究に取り組む理論学者のキップ・ソーンさんです。
カルフォルニア工科大学 キップ・ソーン名誉教授
「このバレーボールぐらいの大きさのブラックホールだと地球の10倍の重さはあるでしょうね」
ソーンさんが興味をもったのがブラックホールにまつわる科学者の大論争でした…その存在を巡っては50年にわたり熱い議論が闘わされました。
渦中の科学者たちと直に接してきたソーンさんは、是非、論争の内容を後世に伝えたいと詳しく調べました…多くの研究者がブラックホールの存在を否定しました。理論によるブラックホールは、あまりにも得体のしれない奇妙なものだったからです。…反対者たちの多くは、真の物理法則はそんな現象を否定するはずだと考えました。
インド東海岸の町・チェンナイ…1929年、この町の大学にブラックホールが現実の宇宙に存在することを最初に論じた科学者が現れます。
天文物理学者、スブラマニアン・チャンドラセカール(1910-1995)星の内部構造の研究が認められ、19歳のときイギリスの名門、ケンブリッジ大学に招かれました…イギリスに向かう船の中、チャンドラセカールは死を迎えた星の残骸、白色矮星に思いを巡らせました。
ブラックホールは、意外にも白色矮星の研究から生まれました…燃えさかる恒星は押しつぶそうとする重力と熱により広がろうとする圧力とが釣合って形を保っています。
しかし、燃料を使い果たして冷たくなると広がろうとする力は減り、星は縮んでいきます…地球の倍ほどまで縮んだところで収縮は止まります。…これが白色矮星です。
上記写真は、実際に観測された白色矮星です…ガスの中心に限界まで縮んだ白い星がくっきりと写し出されています。白色矮星は小さくても重い星です…地球くらいの大きさでも質量は太陽ほどもあります。
その密度は、角砂糖1個で数トン…チャンドラセカールがイギリスへわたる時代、全ての星はこの白色矮星になって一生を終えると考えられていました。チャンドラセカールは、白色矮星の密度を高めていくとどんな変化が起きるかを計算により、求めていきました。
その結果は、思いも寄らないものでした…白色矮星は無限に縮んでいったのです。
カルフォルニア工科大学 キップ・ソーン名誉教授
「太陽より、ほんの少し質量の大きな星までしか白色矮星でいられないことをチャンドラセカールは突き止めました…それ以上の質量を持つ星は燃料を使い果たして死んだ後、自らを支えることが出来ない…白色矮星にもなれないし、我々が知っている星にもなれないとチャンドラセカールは言ったんです」
それまでの計算では星が縮む限界は、半径1万キロでした…しかし、縮んだ星の質量を太陽の1.4倍以上にすると星は自らの重力に耐え切れず重力崩壊を興して永遠に縮み続けるという結果になりました。
それは、まさに今でいうブラックホールです…死んだ星を研究する中でブラックホールは偶然現れたのです。
1932年、ブラックホール論争に再び火が付きます…物理の世界で新たな理論が提唱されたからです…原子核は、陽子と中性子から出来ていることがわかりました…極めて強く圧縮されると陽子が電子と合体し中性子となり、更に縮むことができるというのです。
これにより、星の残骸の質量が太陽の1.4倍以上の場合、中性子星になると考えられました…中性子星は今では観測によってとらえられています。
上記写真は、一生を終えた星が大爆発を起こした後の姿、かに青雲です…かに青雲の中心を特殊なカメラで見てみます。
円盤状の中の明るく輝く天体が中性子星です…小さくても極めて重い星です。角砂糖1戸で数億トンもあります。…こうして当時の殆どの科学者は、死んだ星は白色矮星か中性子星になると考えていまし…ブラックホールは否定されたのです。
ロバート・オッペンハイマー(1904-1967)
しかし、これに異を唱える研究者が現れます…プリンストン大学の物理学者ロバート・オッペンハイマーです…計算の達人と言われたオッペンハイマーはチャンドラセカールのように中性子星の質量を計算しました。
その結果、太陽質量の3倍以上ある星は、中性子星のままでは止まらず、自らの重力に耐え切れず、重量区崩壊を起こして無限に縮むという結果になりました…再びこの宇宙にブラックホールが存在するという理論が登場したのです。
ジョン・ホイーラー(1911-2008)
ところがオッペンハイマーは間違っていると反論する人物が現れます…プリンストン大学の同僚、物理学者ジョン・ホイーラーです…ソーンさんの大学時代の恩師です。
オッペンハイマーはホイーラーを激しく批判して自分の計算を述べました…真の知的バトルでした。二人の物理学者の間で繰り広げられた熾烈な論争でした。
ホイーラーは重い星がブラックホールにならない理由を次のように考えました…最後を迎えた星はガスを放出して軽くなる、だからいずれの星も中性子星になると…。実際、年老いた星で大量にガスを出す天体も存在しています。
この2人の論争は10年にもおよびました…オッペンハイマーと激しい論争を続けたホイーラー…しかし、いくども計算を繰り返すうちホーイラーは考えを変えていきます。
ホイーラーにはアインシュタインのように物理的直感や鋭い洞察力がありました…そしてアインシュタインのように、だいたいいつも正しく、時々間違っていました。
ついにホイーラーもブラックホールの存在を確信します…そしてオッペンハイマー以上にブラックホールの研究に突き進みました。
こうした50年に渡る科学者たちの論争に一つの決着がつきました…死を迎えた巨大な星が自らの重力に耐え切れず無限に縮み続ける事でブラックホールが生まれることが明らかになったのです。
ブラックホールは、現実の宇宙に存在するという道筋を初めて付けたチャンドラセカール…1983年、星の構造と進化に対する研究が認められ、チャンドラセカールはノーベル物理学賞を受賞しました。
カルフォルニア工科大学 キップ・ソーン名誉教授
「おめでとうと手紙を送りました…お礼を言っていましたがノーベル賞について詳しくは語りませんでした…チャンドラセカールは私の知っている限り、科学者の中で最も自分に厳しい人間でした…しかも外からの評価を気にする人ではなく、自分の内なる好奇心に突き動かされる人でした」
大論争の末、ブラックホールの存在ばかりか、その誕生の道筋まで導き出されたのです…しかし、まだブラックホールは、人間が頭で考えただけの天体過ぎませんでした。
Front 3 ついに発見!ブラックホール
1970年、アメリカは世界初のX線観測衛星「ウフル」を打ち上げます…まっ先に観測したのが謎のX線源です…ウフルはX線源の範囲を追い込んでいきます…こうして絞り込まれたエリアを詳しく調べる観測が続きました。
1971年4月、X線の出ている場所が突き止められました…謎のX線が見つかって7年後の事です…X線源の近くには、太陽質量の30倍もの巨大な青い星がありました。その星から出る光を分析すると意外なことが判明します。
星の色が僅かに変化していたのです…これは星が動いていることを示しています…分析の結果、巨大な星は5.6日という短い周期で何かの周りを公転していることがわかりました。
巨大な星が公転するには、それに釣り合う大きさの星が必要です…青い星の動きと質量から相手の星の質量がわかります…太陽質量の約10倍という結果が出ました。…しかし、あるはずの場所に相手の星は見つかりません。
太陽の10倍という重い星なのに、そこに星は見えない…しかも強いX線を放射している…そうです、これこそブラックホールに違いありません…人類は初めて観測によってブラックホールを発見したのです。白鳥座X-1と名付けられました。
白鳥座X-1の発見以降、日本はX線天文衛星を次々と打ち上げ(1979年はくちょう、1983年てんま、1987年ぎんが)ブラックホールの研究に大きな成果を上げていきます。…1993年に打上げた、「あすか」は、更に詳しく白鳥座X1を観測し詳細なデータを得ることに成功しました。
人類が初めて見つけたブラックホール、その場所ははくちょう座の首の真ん中辺り、地球から7500光年にあります。…ブラックホールが青い巨星と一対になって回っています。
巨星とブラックホールの距離は3000万キロ、太陽と水星より近い距離です。…青い巨星のガスがブラックホールに吸い込まれています…ガスは摩擦によって1000万度もの高温に達し、強いX線を放出します。
ブラックホールの質量は、太陽の13倍、半径は僅か40キロです…ブラックホールの上下には、ジェットが吹き出ています…50年におよぶ科学者たちの論争と観測により、ブラックホールの姿が明らかになったのです。
Front 4 ブラックホールの黒い穴を捕まえろ!
ブラックホールの黒い穴をくっきりこの目で見ることは出来ないのか…今、宇宙探求の最前線コズミックフロントでは、ブラックホールを直接観測する試みが始まっています。
果たしてブラックホールを直接見ることは出来るのでしょうか?…一般相対性理論を駆使し、ブラックホールを観測した時の姿を数式から導き出した高橋さんです…答えを出すまで4年かかりました。
苫小牧工業高等専門学校 高橋労太 准教授
「宇宙の中で一番時空が歪んだ特別な場所なので見てみたい…しかも写真とか動画として見てみたいですね」
残念ながら白鳥座X1のブラックホールは小さすぎるため現在の技術では見ることが出来ませんと高橋さんは言います…しかし、より観測しやすいブラックホールが私たちの銀河系の中心に見つかっています。
太陽質量の400万倍あるモンスターブラックホールです…事象の地平線の半径は1000万キロ以上、あまりにも大きいので見え方が違います。
もし地球から観測することが出来ればモンスターブラックホールはこう見えると高橋さんは予想しています。
苫小牧工業高等専門学校 高橋労太 准教授
「現実のブラックホールというのは、ガスを吸い込んではいるのですが、ある時には多く、ある時には少なく吸い込んでいます…明るさの変化でどれだけガスを吸い込んでいるかがわかります」
高橋さんは、このブラックホールを見るための望遠鏡を計算で求めました…東京から富士山の頂上に立つ人の産毛を見ることができる性能のある望遠鏡ならモンスターブラックホールを捕らえることが出来ます。
その試みはすでに始まっています…アメリカ・ボストン郊外にあるMITヘイスタック天文台…シエパード・ドールマンさんは日本の国立天文台と協力して黒い穴を直接捉える観測に挑んでいます。
ここでは、世界各国が電波望遠鏡で捕らえたデータを一つにまとめて解析しています…東京から富士山の頂上に立つ人の産毛を見ることは出来ませんが、それに匹敵する技術はあります。
マサチューセッツ工科大学 シエパード・ドールマン博士
「ブラックホールの姿そのものと言える事象の地平線を見ることは、世界中の電波望遠鏡を繋ぎ合わせれば可能です…そうする事で地球サイズの望遠鏡に匹敵する解像度が得られるからです」
直径25mのパラボラアンテナが27基並ぶアメリカ・ニューメキシコ州、アメリカ国立電波天文台VLAです。
天体の細かい姿を見る解像度は、望遠鏡の直径で決まります…離れた望遠鏡のデータを繋ぎ合わせれば、巨大な望遠鏡に匹敵する高い解像度を得ることが出来るのです。
ドールマンさんらは、更に高い解像度で見るためにサブミリ波望遠鏡を使いブラックシャドーを捕まえようとしています。…BLBI(超長基線電波干渉法)という技術です。
画像の赤い点がBLBIの観測地点です…カルフォルニア、ハワイ・マウナケア、チリの3ヵ所にあるサブミリ波望遠鏡を繋いで地球の大きさに匹敵する巨大望遠鏡を作り出そうとしているのです。
マサチューセッツ工科大学 シエパード・ドールマン博士
「全てのシステムが完成するまで、あと5年かかります…5年後にはブラックホールの観測に大きな発展があると期待しています」
近い将来ブラックホールの黒い穴を直接見ることができる日がくることでしょう…。
カルフォルニア工科大学 キップ・ソーン名誉教授
「宇宙を理解したいという思いは、あらゆる文明において重要な位置を占めていました…宇宙への好奇心は人間に備わった本能であり、その思いから逃れることはできないのだと私は思います…私たちは科学という力で宇宙の真実に近づくことができます…そして科学の進歩によって僅かな時間で宇宙を理解できる良いになってきたのです」
人間の頭脳が見えない天体、ブラックホールを見出しました…そして存在を信じる者、信じない者の論争がブラックホールを追い詰めました。
ついには、この宇宙にブラックホールが存在するという科学的な証拠を観測によって発見したのです…私たちの脳に刻み込まれた好奇心が見つけたブラックホール、尽きることのない好奇心は、これからも驚異に満ちた本当の姿に迫り続ける事でしょう。